始めまして。
甘いものが大好きなおっさんです。
このブログが始めたのは、歳を取ったせいか、
自分の生まれた土地の歴史、どういった経緯で今の街並みにいたったのかを知りたくなり、このブログをご覧の方にも、
これをきっかけに、自分の生まれた土地にもっと興味を抱いていただけたら、と思ったからです。
内容としては、その土地のごく一部の歴史を紹介する程度ではございますが、興味があったら、引き続きお読みください。
では、さっそくですが、私が住んでいる埼玉県さいたま市岩槻区をほんの少し紹介したいと思います。
今回は、岩槻区役所の近くにある岩槻郷土資料館と、そこに展示してある歴史を少し紹介したいと思います。
岩槻区は、今でこそ、さいたま市の一部ですが、私が子供の頃は、まだ岩槻市として、一つの独立した地方自治体でした。
まぁ、なんやかんや住民選挙を行ってさいたま市と合併した、ってわけです。
そんな岩槻の歴史の一部を学べる郷土資料館があるんですが、
ここには、古くは縄文時代の石器から、戦国時代の刀なんかも展示されています。
特に、室町時代に造られたとされている岩槻城の紹介に力を入れている感じがします。
展示室は全部で4つあり、
メインとなっている、入り口から入ってすぐにある”岩槻のあゆみ”についての展示室、
館内の奥には”くらしの道具”を展示した2室、”大昔のくらし”を展示した1室があります。
岩槻城のお話を少ししますが、なんでも、岩付左衛門丞なる人物の親父さんが建てたとか。
そんで、戦国時代となり、ノリに乗っていた後北条氏と仲良くしたり離れたりをして、なんやかんや滅亡したらしいです。
お城自体は、江戸時代までは幕府要職の居城として利用されていたらしいですが、
明治時代になって廃城となっちゃったらしいですね。
お城以外にも、城下町に時を知らせていたとされている
”時の鐘”
と呼ばれる鐘にまつわる資料も展示されています。
岩槻のあゆみの部屋を抜け、矢印に誘われるまま廊下に出ると、武州鉄道という明治45年に造られた鉄道にまつわる資料も展示されいます。
距離は最長で6.4kmほどと、かなり短いですが、当時の農作物を運んだりと、かなり活躍していたことが伺えます。
ただ、それでも14年間で使われなくなっちゃったらしいです。
廊下を少し奥へと進んで別の展示室へと足を踏み入れると、岩槻城の城下町や付近の農村で暮らしていた人達が着ていた衣服や、使っていた道具なんかを拝めます。
蛍光灯やガスコンロなんてありませんから、火をおこすにしても、当時の人達は、現代人とはまた違った苦労と工夫をして日々を過ごしていたようですね。
他にも、縄文時代や弥生時代に使われていたとされる石器、土偶が展示されていて、土偶については川口市安行が名前の由来になっている安形式なんて呼ばれているらしいです。
土偶一つとっても、各地域で色々とタイプがあるみたいですね。
かなり薄い内容ですが、ここら辺で終わりにしたいと思います。
郷土資料館には、1000分の1スケールで再現した岩槻城の模型が展示してありますんで、気になった方は、お時間があれば、資料館に足を運んでみてはいかがでしょうか。
何よりも、あなたが生まれた土地について少し調べてはいかがでしょうか。
それでは、今回はこの辺で。
ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
