蔵馬「貴方の美しさを根本的に自覚するとしたら、
君はどうする…?」
飛影「お前はお前らしくあっても、お前らしくあってはいけない、そういうことだ」

飛影の花』が今宵も月の朧気な光を浴びている。
育てた者の気質を写し取るかのように、成長する魔界の花――…
何回かは通常の植物と同様に、陽の光に当てようとしたが、水を与えている最中陽の光から顔を背けんばかりにそっぽを向いたような気がした。
そこで月夜の光に当てると、儚げなその光には自ら見上げるかのように、そっと心の鎧を外すような姿勢が感じ取れたのだ。
GRASS 2
あのとき…
どうしてなのかは問い詰めなかったが、水を遣るように伝えていたつもりが、飛影は最終的に自らの血液を植物に与え続けていた。
勿論、初めはちゃんと水だっただろうとは思うが、いつから血液に切り替わったのだろう。
水だとしても、そのまま育てた者の気質を反映して咲く花…
そのハズだった。
「…」
同一と見なされる種子でも、それはどのような状況下において育つか、という後的要因によっては全く異なる花になる。
それは人間界でも似たようなことが起きる。
だが主に魔性を帯びた植物は、それ自体が強い意志を持つ得体の知れぬものとなり、後はありのままに凶暴化することが多々ある。
水でも充分に育つ。
だがその媒体が血液となった場合、この花が飛影に何か悪い影響を与えなければいい。
植物を知り尽くしている、と言えば嘘になるが、遠い昔に取 り入れた古い知識が頭をもたげて言うことがある。
それは芽吹いてから自然と枯れて腐り落ちるまでの間、力の大小はあっても一種の呪いがかかっている状態になる、ということだ。
故意に枯らすのではなく、自然と枯れるのを待つということがこんなにも苦痛だとは思わなかった。
自らの妖気で成長させ、枯らしてもいいのだろうと思うが、まだ研究段階の植物を雑に扱う訳にもいかなかった。
ただ名もまだ与えられていないこの花は、魔界の地に根ざしている割には気性が荒くない、悪さをしないという程度の認識しか持たれていない。
人間界にあるように、平凡で穏やかであることからあまり注目されておらず、ただ息を潜めんばかりの静かな物陰でひっそりと生えている程度の存在であった。
だが、その花は自らを根ざしているその土地の色に非常に染まりやすいという特殊な気質を持っていた。
同じ魔界でも特に荒れ果てた地に持ち出し、その場所に根付かせると、これがおどろおどろしい姿形になる。
まるで同一の植物とは思えない、極端に環境に依存する種子であるらしいということだけは分かっていた。
人間界では多くの魔界植物が息吹くことはない。
激しく血肉に飢え、渇望し凶暴な因子を含むからである。
だが、この種子は人間界の地でも何ら問題なく花開いた。
噂通り、おとなしい気質の植物であることには間違いなさそうである。
だが不思議と大粒な花をつけたり小粒な花をつけたりと、育てる度に形容が全く異なる点が、やはり人間界のものではない、と唯一確認できるものであった。
母の日にと、複数の種子から育てていくと、それはものの見事に色とりどりに色んな花を咲かせた。
均整は取れていたため、多少色味が整っていなくとも喜んでもらえるレベルには到達していたらしい。
母・志保利は何の疑いもなく嬉しそうにそれを受け取ってくれた。
(なんていう花なの、秀一? 全体的には赤っぽいけれど、これなんて青みがかっている…。不思議だわ)
それはギフト用の花を研究している段階のものだから、と適当に言いくるめて蔵馬はその場をごまかしたが、本当にあのときは綺麗で大粒の、チューリップに似ているような雰囲気の花を咲かせたのだ。
志保利は大事に水をやっていたが、それはその月の内に枯れてなくなってしまったらしい。
後に、残念なお知らせ、として聞いたような気がする。
(でもね…、この花がまだ咲いていたとき、秀一がずっと側にいてくれたような気がしたのよ。なんて言うのかしら…? ちょっと説明できないのだけれど…)
そのときに何となく気づかされた。
これは、その育てたときの気持ちなどが完全に入り込んだ花になる特性があるらしいということだ。
「……」
今、見つめる先の薄暗い色を纏った小さな花は今宵もどこか遠くを見つめていた。
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ふと顔を上げると、一体今までどのくらいそうしていたのか分からなくなっていた。
「…??」
不意に訪れる強い焦燥感。
これは…?
何か本能的に危険を察知するのとも違う。
妙な感覚だ。
ハッと顔を上げ目覚まし時計を見遣る。
それが何時を指しているのか、視覚から既に情報をキャッチしているにも関わらず、今現在何時なのか分からない。
まるで訳が分からなくなったように何度も何度でもその指針を見続けている。
…なんだ、この感覚…??
腹の奥底から上がってくる、不快な感情が渦を巻いている。
今ドコニイル…?
今オ前ハドコニ…?
何故、側ニイテクレナイ…?
「………」
天井が回るような妙に激しい目眩。
いつの間にかそこに立っていられなくなった蔵馬は机の側で頭を抱えながら蹲まっていた。
「……………」
誰にも理解されない孤独。
自由に見せかけられた孤独。
ぐるぐる回る。 出口のない感情がただひたすら同じ道を堂々巡りになっている。
せめて、止まってくれたら…。
蔵馬はそう強く願いながら、今度は耳を抑えた。
まるでジェットコースターにでも乗せられ、予期しないスピードに振り回されながらどこへ向かうのか分からない綱渡りのレールの上にいるようだ。
ブシュッ……
嫌な音がする。
ハッと顔を上げると前髪に覆われて、その表情は見えないが何の躊躇いなく刀で腕の表面に一太刀入れる飛影の姿が見えたような気がした。
待て…!!、と喉から声が出る寸前に、自らの肩に触れる手があった。
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「…何を、している?」
半ば呆れたような表情で、いつの間にか部屋の中に上がり込んでいる飛影と目が合った。
「…?」
その途端、スーッと今まで目の前にあった闇がその余韻を残しつつもその場から退散していくのを感じた。
「あ……、ひえい…?」
蔵馬は蹲った状態から顔を上げる体勢で、猫のような目をした飛影を見つめ返した。
「…なんかあったのか? お前らしくもない。部屋が散らかっているしな」
飛影は冷静に辺りを見回すと、息をついた。
「飛影…」
まだ近い距離にあった飛影の手を掴んだ蔵馬は、そのままその腕を引き寄せた。
「? オイ、はな…」
無意識に振り払おうとした飛影は、尋常ではない蔵馬の様子に気づいて急になされるがままになった。
まるで愛おしそうに抱かれる手つき。
それは例え右腕だけでも、ただ掴まれ触れられるだけのそれとは異なるようだ。
「な…、なんなんだ…。何がしたい…?」
蔵馬は飛影の右腕を両腕で抱き寄せたまま、首を僅かに左右に振った。
「この間は…、…ごめんね」
一人にして…。
理由が分からないままでいる飛影はそのまま硬直するだけであったが、悪い気はしないのか先ほどのように振り払おうとする気持ちは既になくなってしまっているようだ。
空を覆い隠すかのように、羽毛のような雲が月光を遮ると、薄い闇色に染まっていた花弁はくしゃり、と音を立てて枯れた。

蔵馬「貴方の美しさを根本的に自覚するとしたら、
君はどうする…?」
飛影「お前はお前らしくあっても、お前らしくあってはいけない、そういうことだ」

