敗戦処理において関係列強の訴追要求に抗するため「戦争放棄」を日本に認めさせるマッカーサーとそれを受けざるを得なかった吉田茂との対峙は、歴史的に意味深い。 「戦争への反省」(昭和天皇の戦争責任)・「平和への責任」について、国家と皇室をまもるために、戦争放棄を受け入れ自衛権の放棄すら認めた吉田茂だった。 日本国憲法(昭和21年11月3日公布、翌年5月3日施行)。 昭和22年、東西冷戦が始まり、昭和25年には朝鮮戦争が勃発する。アメリカは国連軍として参戦し、日本は海上保安庁が機雷の除去などの協力をしている。このことが憲法第9条への抵触を懸念し極秘扱いとされた。(中谷氏の機雷での死などは箝口令がしかれ封印されている。) 昭和26年(1951)9月8日サンフランシスコ講和条約が締結され、日米安保条約も秘かに締結されたわけだが、この吉田(首相)の選択が問題となる側面もあった。吉田(首相)とアメリカとの対峙の果てに反共の砦として「どういう国づくりをするか」というアメリカ側の視点では、「人と態勢をどうするか」さまざまな思惑が動いただろうが、自由民主党への流れが作られ、所謂、五十五年体制が確立されていくわけだ。 アメリカの世界戦略が日本を盾として極東支配をするためには、日米安保条約はどうしても締結しておかなければならない戦略上の布石だったわけで、戦争放棄を迫りながらも数年がうちに日本に再軍備を求めてきた事実をみてもアメリカは、もともと「戦争の放棄」を世界戦略上、日本にのませただけであったことが頷ける。しかし、「再軍備となれば日本国民に隠しきれない」と判断した吉田(首相)だったが、うまくすり抜けて自衛隊(戦力に至らしめない)を発足させ、「9条は自衛権を否定していない」とし、警察に準じた存在として陸海の保安部隊を決断した。このことが過去の自己の発言から苦しい情況をつくった。時は改憲論と護憲論を中心としたトレンドを形成し、昭和29年日本民主党(鳩山)は吉田の矛盾をつき退陣に追い込む。時の幹事長:岸信介(A級戦犯容疑→その後不起訴)、アメリカの支配からいまだ抜け出せない日本に、「われわれの手でつくられた憲法」の実現を目指し、岸は会見で「3分の2以上の賛成が必要」と述べ自主憲法への強権を示した。一方、軍備増強につながると護憲論(浅沼:大政翼賛会に参加した後悔から社会党へ参加)を展開した浅沼は刺殺されている。 昭和29年、水爆のビキニ環礁実験(第五福竜丸の被爆)、昭和30年広島で原水禁、昭和32年砂川事件(立川基地)、憲法をめぐる争いは解釈論の色が濃くなり「解釈改憲」と呼ばれるに至る。 昭和32年2月25日岸内閣成立、日米安保条約の改定(不平等な条約として)を選挙で不平等さを訴え勝つことを考え、憲法改正も可能だと考えたようだ。改正安保条約に盛込まれていた「共通の危険に対処すること」を牽制するソ連は「ソ連に向け偵察機を発進させる基地を攻撃する」と伝えてきている。 昭和35年5月、新安保条約の強行採決→民衆のデモ開始。「戦争はもうイヤダ」との悲痛な訴えだった。 平和を希求する訴えは、万人共通の願望である。憲法が侵略戦争・国際紛争を国権の発動でやることを禁止し、二度と同じ徹を踏まないように歯止めをかけるというのは、その命で「悲惨」の渦中にいたが故に体得するところの止むに止まれぬ心情からの発露であり、「悲願」でもある。この憲法は練りに練られ、主権を在民とし、戦争放棄と象徴天皇制をシビリアンコントロールを軸足として運営されるようにできている。アメリカから単に押し付けられた憲法ではないと思うし、人間としての良識と英知が結集されているとも考えられる。法の縛りという観点から憲法を考えるとき、解釈改憲の域を出ないというなら、これほど脆い縛りもないと思うし、人間に「真の良識」を共通して信じることができない以上、この憲法を改正することはあまりにも危険だと言わざるを得ない。 安保条約第10条もさまざまに解釈できるが、その時期がくれば、失効してもいいとその行間から読めるが一向に失効しないのは自明でもある。戦後60年を経て日本が世界に訴えることがあるとすれば、「永遠の平和のために」敢えて再軍備の道を直走るのではなく、その永遠のメッセ-ジとして「この憲法を死守する」ということだろう。確かに隣国の脅威とか、はたまた黒舟とかの話が出されると、目には目を歯には歯をとなるのが自然でもある。だからこそこの憲法を平和の砦と考える必要がある。一度改正されれば歯止めがかからず、徴兵制がしかれ軍事国家への道を歩んでしまう。いつか来た道を再び踏むという愚を犯すことになるし、未来の人々に負の遺産を残すこことなる。(NHK「その時歴史は動いた」の個人的なメモに加筆したものですので、敬称やその他の不具合な箇所も多々あろうかと思いますがご容赦願いたい)
歴史は受け継ぐものでもあるが、始めるものでもある。ボルテールの言葉に、創造とは思慮深い模倣以外の何ものでもない、というのがあるが非常に興味深い。特にこの思慮深いってところに多次元の要素を内包する。何千年もの時間を費やせば殆どのケースが現れて新しい事象は何もないかに見えるが、こころの変化と五感の対象の変化は変転極まりない。視覚的な世界も相当の変化を遂げているようだが、そうした変化を尻目に普遍的で殆ど変化していない事柄もある。と同時に退化してしまった事柄もある。生あるもの必ず滅び、永遠に生き続け何億年も寿命を伸ばしているものがあるとすれば人間の智恵が及ぶところの宇宙さえも造りせしめた実体そのものくらいだろう。人間の智恵が何故、創造する側の実体を久しく神と名づけて今日に至ったのかと考えると、時空の創造性を単一化することで認識を迅速にしかも分かり易くするためだけだったのだろうということが容易に窺える。その実体が単一ではなく多次元的で幾重にも宇宙的規模で交差しているとしたら、所謂絶対神は何兆億と存在することになるわけで、神の構成・構造は多次元ごとに区分して解釈する必要がでてくるのだ。詭弁をつかった神の拡大解釈で今後の世界観を論ずることはできない。ここは相当に重要な歴史的な転換を成し遂げるほどの重要事項を内包している。