希望の光を灯す、クリスマスの真の意味
12月になると、街はきらびやかなイルミネーションと音楽に包まれます。
この温かな雰囲気は、宗教を問わず、多くの人の心を弾ませます。
しかし、その華やかなお祝いの中心にある「本当の意味」をご存じでしょうか。
クリスマスとは、約二千年前、一人の赤ちゃんとしてこの世にお生まれになったイエス・キリストの誕生を祝う日です。
そしてこの出来事は、今を生きる私たちに、こう語りかけています。
「どんな時も、絶望しなくていい」
クリスマスは、単なる年中行事ではなく、人生に希望の光を灯す出来事なのです。
1.「不可能を可能にする」神からの励まし
イエスの母マリアは、結婚前に天使から妊娠を告げられました。
彼女は戸惑い、こう問いかけます。
「どうして、そのようなことが起こるのでしょうか。」
私たちも人生の中で、
「もう無理だ」「どうにもならない」
そう感じる壁に突き当たることがあります。
そのような時、聖書ははっきりと宣言します。
「神にとって不可能なことは何もありません。」
(ルカの福音書 1章37節)
この言葉は、限界を感じているすべての人への励ましです。
人の力では行き詰まるところでも、神の大きな摂理(計画)の中では、思いもよらない新しい道が開かれることがあるのです。
2.あなたの「痛み」を知っておられる救い主
イエス・キリストの人生は、決して順風満帆ではありませんでした。
小さな村で育ち、誤解され、拒まれ、悲しみや苦しみを自ら経験されました。
そして最後には、無実でありながら十字架にかけられるという、深い苦難の道を歩まれました。
だからこそイエスは、私たちの弱さや孤独を、
理屈ではなく、実体験として知っておられるお方なのです。
イエスは、こう招いておられます。
「疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。」
(マタイの福音書 11章28節)
この言葉は、忙しさや不安、孤独やストレスを抱えて生きる、
現代を生きる私たち一人ひとりへの、やさしい呼びかけです。
3.十字架と復活 ― 絶望が希望に変えられた出来事
イエス・キリストが十字架にかかられたのは、
私たちの過ちや罪をすべて引き受け、神との関係を回復するためでした。
そして、三日目に復活されたという出来事は、
「死」「失敗」「絶望」さえも、
新しい命と希望へと変えることができるという、神の愛の証明です。
クリスマスは、やがて復活へと続く「希望の物語」の始まりでもあるのです。
4.「塞翁が馬」に通じる、普遍的な希望
古今東西を問わず、多くの賢人たちが、人生の困難の中でこそ、希望を失わずに生きることの大切さを語ってきました。
人生には、良い時もあれば、思い通りにいかない時もあります。
中国の古いことわざに、「塞翁(さいおう)が馬」という言葉があります。
一見、不幸に思える出来事が、後に幸いへと変わり、
また、幸いに見えたことが、そうでなかったと分かることもある――
人生は、目の前の出来事だけでは判断できない、という教えです。
東洋思想を深く探究し、「平成」の元号考案者としても知られる
安岡正篤(やすおか まさひろ)氏は、こう語っています。
「逆境の時こそ、清新溌剌(せいしんはつらつ)と生きることが必要だ」
この言葉は、聖書が教える
「どんな苦難の中にも、神は必ず“備えられた道”を用意しておられる」
という希望のメッセージと、深く響き合っています。
5.あなたへ贈られる、クリスマスの約束
クリスマスが私たちに伝えている最も大切なメッセージは、
「あなたは決して一人ではない」ということです。
たとえ今、解決できない問題や、癒えない心の傷を抱えていたとしても、
あなたの人生の背後には、
すべてを「益(よいもの)」へと変えてくださる、大きな愛が働いています。
聖書は、こう約束しています。
「神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。
試練とともに、脱出の道も備えていてくださいます。」
(コリント人への手紙 第一 10章13節)
今年のクリスマス、
この希望の光が、あなたの心にそっと灯されますように。




