『どんなことも受け入れ学びにすれば、美しい花を咲かせることができる』
お釈迦さまの台座の花というのは、蓮の花です。
なぜ、お釈迦さまの台座に蓮の花が選ばれたのか。
蓮の花は、泥水の中からしか立ち上がってきません。
真水であったらなら、蓮は立ち上がって来ない。
泥がどうしても必要なのです。
泥とは、人生になぞらえれば、つらいこと・悲しいこと・大変なこと。
蓮の花とは、まさに人生の中で花を咲かせること。
そして、その花の中に実があるのが「悟り」ということにほかなりません。
つらく悲しい思いがなければ、人間は悟ることがないのだ、ということを、お釈迦まさは教えたかったらしいのです。
泥水が濃ければ濃いほど(水が汚ければ汚いほど)、蓮の花は大輪の花を咲かせるということです。
大きいものでは直径20センチになるものもあります。
そして、直径3~4センチにしかならない小さな蓮の花もあります。
小さな花の場合、その根に存在している水というのは、大変きれいな水です。
蓮の花には、三つの特徴があります。
一.花果同時(かがどうじ)
花と果実が同時に開くということです。
実際に花が開いたときに、中にすでに果実の赤ちゃんが存在しています。
二.汚泥不汚(おでいふせん)
汚れた泥に絶対に染まらない。
立ち上がってきた蓮の花というのは、花すべてがものすごくきれいに咲いています。
泥を全く花の上に持っていません。
色にも染まっていません。
泥にも全く染まらない。
泥の影響を受けずに、ただひたすら崇高に咲いています。
三.蓮にあだ花なし
「あだ花」とは咲きそこなったり、きれいに開かなかった花のことをいいますが、あだ花がない。
すべて泥水から立ち上がってきた蓮の花は、必ずきれいに完璧に咲くということを言っています。
つまり、どんな悩み・苦しみ・大変なことの中から立ち上がってきても、そこで泥を突き抜けて花を咲かせた人は、必ずや悟り、美しいものを自分の手に入れる、ということにほかなりません。
美しい花を咲かせるためには泥が必要である、ということを、お釈迦さまは後世の人に伝えたかったようです。

今日は2回目のお遍路さんです。
11番札所から17番札所(徳島県)を周ります。
四国の山々もうっすら雪化粧しています。
この冬一番の寒さの中で、自身の身を清めて参りたいと思います。
「同行二人」
お大師様とご一緒に歩かせて頂きます。