小学生の選手のお父様から電話
父 『WING CUPの予選会の【中学生以下の部門】は〇ティですか?』
私 『はい』
父 『その距離でがうちの子には短いので、辞退させて貰います』
私 『予選会は差をつけておりますが、決勝大会では中学生も高校生も同じティ位置ですよ』
父 『そんなんだから、日本のゴルフは勝てないんですよ!』
私 『予選会で差をつけているのはそれぞれの世代別にチャレンジの機会をつくってあげたいと思っての事なのです。
昨年も小学生の男子も女子も高校生に混じって決勝大会で頑張ってた選手もいます。
もし、お望みでしたら、高校生の枠が空いておりますからチャレンジして頂いても構いませんよ。』
父 『いいです。キャンセルします!!』
(形や一時の記録や派手なパフォーマンスではないのになぁ)
親が形を作るのではない!
彼らが自分を知る場所なのに
・・・・・・・・・😵
私のWING CUPは
【予選を通過して欲しいですが、一応、それなりの規準は設けていますが、
落とすため試合を開催しているわけではありません】
発足の時から志しは変わっておりません。
【明倫館】より【松下村塾】
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/明倫館
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/松下村塾
高級武士の子息だけではなく
農民、商人、下級武士の子息までも巻き込んで、迷える日本国を導く偉人を生んだ塾。
発足の折りに、方向性に悩みました。
数多あるジュニアゴルフの中で【ゴルフを生業とする家庭に生まれ育った私に何が出切るのか⁉】
松下村塾は武士や町民など身分の隔てなく塾生を受け入れた。
明倫館は士分と認められた者しか入学できず、町・農民はもちろん、武士に仕えながら卒(卒族)、
軽輩と呼ばれた足軽・中間なども入学できなかったのと対照的であった。
<よっしゃー!私は獄に何度も何度も牢獄されても若い獅子たちのために
貫き通した松陰先生のように、松下村塾を作ろう>と決意して大阪に帰りました。
それが私の【WING CUP】の原点です。