“相手を変えようとせず、まず自分を”
“自分を変える方が簡単”
など
表現は違えど、よく聞くフレーズ
なぜか最近、よく見聞きするんです
職場で上司が言っていたり
テレビでコメンテーターさんが話していたり
どなたかのブログで目にしたり
これって、何かのメッセージかな~
ということで、少し考えてみました
これまでのわたしの受け止めは…
人を変えることも
自分を変えることも
とってもエネルギーを要すること
という理解でした
そもそも
自分としては相手に不満があるわけで
こういうときは
大抵
自分の方が正しいと思っているわけだから
我慢して
頑張って
自分の気持ちを、まず収め
そこから考え方や気持ちの持ち方を変える
みたいな
同じエネルギーが要るにしても
目的があるわけだから
自分自身なら
変われる可能性がある
そんな感じ
でも
そうではないんじゃないか?
と気づきました
そもそも、相手がどうこうの問題ではない
(この部分については、教えてもらったことが、大きな抵抗なく受け入れられたので、すんなりクリア)
なので
“相手を変える”
という話が、そもそもなくなる
なので
自分を変える理由は
相手を変えるのが難しいから
ということではない
じゃあ、自分を変える理由は?
目の当たりにしている葛藤に
直面するところに自分がいる
という現実
そのレベルから抜け出せば良い
つまり、波動が変われば良い
それが
“自分が変わる”
ということ
そうすれば
相手が変わる
というか
これまで、自分を困らせていた、
嫌だと思っていた、そんな相手と
絡むことがなくなる
もしくは、絡んだとしても
何にも感じなくなる
自分を変えることにより
問題が解決する
これまで何度となく
教えてくださっていたこと
頭で理解するだけでなく
“自分のものにする”
“実感する”
“府に落ちる”
それが何より大切


あーーー
スッキリ
そして、次に出てくる問題
自分の変え方
波動の上げ方
これも、今まで教えてもらってたこと
ラジオの電波はたくさん飛んでいる
その中で聞けるチャンネルは1つ
どのチャンネルに合わせるか
このお話を聞いたとき
目から鱗でした
ほんと!
たくさん飛んでるんだ!
良いチャンネルに合わせれば
他は聞こえなくなる
良いチャンネルに合わせることを
意識してきました
それでも、たどり着けない感じが拭えず…
どうやって合わせればいいのか
聴覚より、視覚優位なわたし
テレビつけて、番組表を眺め
どのチャンネルを見るか決める
これっっ!
見る番組は自分で決められる
どんな番組を見たいか
それを見て、どんな気持ちになりたいか
全ては自分で決められる
テレビつけて、何見ようかな
ということと
どんな自分で在りたいかな
どんな人生歩んでたいかな
と選ぶのは同じこと
自分の見たいものだけ、見ればいい
見たくないものは、見なければいい
テレビ見るのと一緒
見たい番組探すのと一緒
あーーー
スッキリ
このスッキリを経て
自分が見たい番組編成に取り組んでいます
見たい自分
在りたい自分
ワクワク、ドキドキするのは
どんな自分なのかな~
みたいな
自分の変え方
波動の上げ方
前より
イメージしやすくなった気がします
パズルがはまっていっている感じ
いろいろなタイミングで
ピースを手にしてる
どこにピッタリはまるのか
試行錯誤しながら
完成に向け
考えてる感じ
最初は完成図もわかんないけど
たくさんハマってくると
喜びも高まる
まさに、そんな感じなのかも
