スウェーデンにあるお茶室の保存活動をしている私が、、なぜ京都愛に燃えているのか?

今日は、それを、、
お伝えしようかと、、。

そもそも私、40代の時は
全く京都にご縁がありませんでした。

少し年上のお姉さま方が、ちょくちょく京都に行くのを不思議に思っていたのです。

ところが、、
50過ぎて、1回京都に行ってから、、
その奥の深さに、、
「また行きたい」「次は、あそこに行きたい」、、となっていき、、
年に1度が2度になり、、
年に2回行くのが当たり前になって行きました。

そして、2013年に、スウェーデンのお茶室の保存活動に関わるようになってからは、打ち合わせのために何度も行くようになり、、

2017年からは、今では堀ママとしてブレークされている出雲の漢方薬剤師、堀江昭佳さんの講座のために、月に1度、京都に通うようになりました。

「京都は大人のテーマパーク」
何度行っても新たな発見、そして学びがあるのです。

そして、その奥には、私の秘かな「思い」も隠れています。

それは、、

現在、スウェーデンに建っているお茶室は東京の工務店が建てたもの。


(現在の瑞暉亭)

しかし、竣工から20年以上経っていた2013年には、廃業が決まっていました。東京では数寄屋大工職人の仕事がほとんどなくなっていたのです。

2015年に行ったスウェーデンのお茶室の修復工事は、京都の工務店にお願いしました。

そして、、厳しい実情を知ったのです。

2015年には、何とか調達できた材料も、20年先に手に入るかどうか分からない。
職人さんたちの命である道具も作り手が減ってきている。

今後、スウェーデンのお茶室が大規模修繕をしなければならなくなるのは、竣工から50年となる2040年。その時には、ただお金を集めれば修復工事ができるわけではないんだ、と知りました。

職人さんたちは、自分達のできる範囲で、できるだけ良い材料や道具を集めて、温存されています。

それが、いつまで続くのか?

昨年には、現在のお茶室の設計者、中村昌生先生の悲願であった、日本の伝統建築技術が世界遺産に登録されました。

しかし、この技術がきちんと継承されていくのか?

お茶室を建てるのに必要な技術、材料は無数です。
あらゆる技術を有する職人さん達の力が必要です。そして、木材や自然素材を育てる専門家、道具を作る職人も必要なのです。

今、日本に京都という街があるからこそ、伝統技術が活きたかたちで継承されている。

街の営みの中で、継承されていることが大切なのです。

私ができることは、本当に小さいけれど、、
京都の街を応援することで、日本の伝統技術が継承されていくのではないか、と思っています。

京都旅は、ただ楽しいだけではなく、、
日本の伝統技術の継承の場を応援することでもあるのです。

今は、自由に行き来ができないけれど、、
こんな時だからこそ、、
京都愛の深い意味をお伝えしたくなりました。

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