大好きなDJ☆AKASAKA(赤坂泰彦)さんの番組は欠かさず聞いてるんですが[Redio]
その番組で「平松愛理さん」がゲストでお話ししていました。
ボランティア活動として、ずっと自身で続けてこられている阪神淡路大震災の復興支援ライブのこと。
じつは、自分も地元・新潟でおきた中越大震災の復興支援活動(ライブ)にたずさわってきてます。
地震に限らず、いろんな被災地では様々な支援活動がおこなわれています。
が、「復興支援活動」とは聞こえこそ(?)良さそうなものの…
実際の被災地で、そうした活動を継続して続けていくことは容易いことではないのです。
まず、事件も災害でも
なにか「事」がおきた直後からしばらくは“マスコミ”の影響もあって騒がれたり話題にもなったりでいろんな人たちが関心を持ってくれたりもするんですけど
しばらくして、時間が過ぎると
メディアも取り上げたりしなくなり、段々と人の目に触れたり話題としも聞かなくなったりしてきます。
すると、「えっ!?まだ、そんなことやってるの?」
と、言われたり。
さらには地元のひと、被災した人たちの拒絶があります。
…
・嫌なことは忘れようとしているのに余計な事して
・それ(震災)ってもう過去の事でしょ
・災害を食いものに(利用)して
などなど、復興支援事だなんてとんでもない!といった“門前払い”な人たちもいたりします。
しかし、それでは震災で経験したこと、学んだことはどうなんでしょう?
思い出したくない、辛いことはある、それも解ります。自分も被災して命だけは助かりましたけど、家や私物(車など)は失いました。長い間の避難生活も経験し、様々な場面も目にしたりしてきました。
もちろん大切な人を亡くした方のお気持ちも察します。
しかし、あの大震災で体験した事すべてに自分達から蓋をしてしまったら
起きた現実から目を背けてしまってはダメだって、思います。
被災して、震災を肌で経験したいろんな体験記をみんなで封印してしまっては、そこで得た大切な心の叫びだったり、命を亡くし犠牲になった人たちは何も語られることなく忘れ去られていってしまう。
命助かった自分達、そして様々な支援のおかげで今こうして生活を取り戻せていること。
感謝しなくてはいけないはずです。
そして、「もう復興しました」と地域やいろんな人が言って過去の話とされていくなかでも、まだ心の後遺症や生活の建て直しが困難で苦しい・辛い思いをしている人
「大丈夫もう復興しましたから~」といった地域の声にかき消されるかのように過ごしている人たちが今でも居ると言うこと。
…そうした被災地で…
平松愛理さんが、震災から16年間
ずっと復興支援活動を続けてきたと言うことがどれだけ大変なことか。
おもわず、自分も自ら経験した震災を思い起こしながら、様々な場面を思い出し考えてしまいました。
もちろん、当たり前ですが平松さんとは立場や規模は違えど
それでも「復興支援ライブ」を続けているという努力の姿勢に共感し、とても感動しました。
大きな震災があったという事実を風化させないよう、またそこから得た体験を胸の内にしまってしまうだけではなく、いろんな場面で語り継ぎ周りの人の記憶にとどめておいてもらう事も大切なんじゃないかと感じています。
番組でのお話を拝聴していて
ずっと、こうして頑張って活動を続けている平松さんにもいつかお会いしてみたいなと思いました。
シンディ〆
その番組で「平松愛理さん」がゲストでお話ししていました。
ボランティア活動として、ずっと自身で続けてこられている阪神淡路大震災の復興支援ライブのこと。
じつは、自分も地元・新潟でおきた中越大震災の復興支援活動(ライブ)にたずさわってきてます。
地震に限らず、いろんな被災地では様々な支援活動がおこなわれています。
が、「復興支援活動」とは聞こえこそ(?)良さそうなものの…
実際の被災地で、そうした活動を継続して続けていくことは容易いことではないのです。
まず、事件も災害でも
なにか「事」がおきた直後からしばらくは“マスコミ”の影響もあって騒がれたり話題にもなったりでいろんな人たちが関心を持ってくれたりもするんですけど
しばらくして、時間が過ぎると
メディアも取り上げたりしなくなり、段々と人の目に触れたり話題としも聞かなくなったりしてきます。
すると、「えっ!?まだ、そんなことやってるの?」
と、言われたり。
さらには地元のひと、被災した人たちの拒絶があります。
…
・嫌なことは忘れようとしているのに余計な事して
・それ(震災)ってもう過去の事でしょ
・災害を食いものに(利用)して
などなど、復興支援事だなんてとんでもない!といった“門前払い”な人たちもいたりします。
しかし、それでは震災で経験したこと、学んだことはどうなんでしょう?
思い出したくない、辛いことはある、それも解ります。自分も被災して命だけは助かりましたけど、家や私物(車など)は失いました。長い間の避難生活も経験し、様々な場面も目にしたりしてきました。
もちろん大切な人を亡くした方のお気持ちも察します。
しかし、あの大震災で体験した事すべてに自分達から蓋をしてしまったら
起きた現実から目を背けてしまってはダメだって、思います。
被災して、震災を肌で経験したいろんな体験記をみんなで封印してしまっては、そこで得た大切な心の叫びだったり、命を亡くし犠牲になった人たちは何も語られることなく忘れ去られていってしまう。
命助かった自分達、そして様々な支援のおかげで今こうして生活を取り戻せていること。
感謝しなくてはいけないはずです。
そして、「もう復興しました」と地域やいろんな人が言って過去の話とされていくなかでも、まだ心の後遺症や生活の建て直しが困難で苦しい・辛い思いをしている人
「大丈夫もう復興しましたから~」といった地域の声にかき消されるかのように過ごしている人たちが今でも居ると言うこと。
…そうした被災地で…
平松愛理さんが、震災から16年間
ずっと復興支援活動を続けてきたと言うことがどれだけ大変なことか。
おもわず、自分も自ら経験した震災を思い起こしながら、様々な場面を思い出し考えてしまいました。
もちろん、当たり前ですが平松さんとは立場や規模は違えど
それでも「復興支援ライブ」を続けているという努力の姿勢に共感し、とても感動しました。
大きな震災があったという事実を風化させないよう、またそこから得た体験を胸の内にしまってしまうだけではなく、いろんな場面で語り継ぎ周りの人の記憶にとどめておいてもらう事も大切なんじゃないかと感じています。
番組でのお話を拝聴していて
ずっと、こうして頑張って活動を続けている平松さんにもいつかお会いしてみたいなと思いました。
シンディ〆

昨日は、ジョン・レノンの命日でしたね
子供の頃、ラジオの深夜放送が教えてくれたおかげで
ジョンやビートルズの音楽に出逢え
でも、なにか語れるほど詳しいわけではないけど
…ジョンの曲のなかでもとくに好きな
“Happy Xmas”
ベタだけど、子供の頃はじめて聞いたとき胸にジーンときて
もちろん英語も解らなくて歌詞の意味なんかも理解してなかったけど
いい音楽には、言葉や国境なんか関係ないんだなぁと幼心に感じてましたね、あの頃
ジョン・レノンやビートルズを知らなかったら
たぶん、いま音楽に興味ない自分がいたのかもしれない
それも、赤坂さんやCHAGEさんのおかげかな
…六年生とヤンチャっ子(笑)
に
心から、感謝☆
シンディ〆



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