一昨日の夜中でしたかね

たしか、お隣さんも寝静まった頃星空


突然おもてで、凄い音がして







「あ゛…テロか!?」



と、窓から外を覗くと









下の階にトラックが激突してました




しばらくして、配管やら電線みたいなものに絡まりながら静かにバックしていきましたが…



どうして?

道路でもない、敷地の狭い通路なのに




なんだったのだろう…






















シンディ〆



D1-GP(ドリフト)の現場から、Daiちゃんと土屋さんが離れることを知り正直驚いてます


しかし、公表されている内容というか理由の一辺からすれば「ああ、やっぱりな」といった感じです



他にもいろんな理由や事情もあって、業界的なことや様々な現状を
こんなとき自分なんかが語るつもりも、立場でもないけど




しかし、少なくともD1て、Daiちゃん(稲田大二郎さん)と土屋(圭市)さんが20年以上も前から思い描いてきた「夢のドリフトランド」だったわけで、この二人抜きのD1なんて有り得ないと思いますけどね



これを期に、二人(敬称略)がもうD1の現場に戻る事がないのなら、自分にしても今まで以上にD1は遠い存在になるなと
(どうでもいいことですが)



特に、土屋さんが居ないD1では…申し訳ないですけど自分的にもう魅力ないです


他にどんな“役員様”であろうと














残念ですね
















シンディ〆

windingexpress☆by,シンディ-2011011716340000.jpg


いつもとかわらぬ、雪の降る寒い朝でした
寝起きで、こたつにもぐりテレビをつけると


緊急ニュースということでヘリから災害地の中継が放送されてました
そこには、崩れた高速から車体の身を乗り出して停まっていた観光バスや街の周辺から煙が立ち込めいたるところで建物が燃えていたりしている映像でした


しばらくして、そこが関西…で兵庫県だといっているアナウンスが聞こえてきました



地震でこんな事になってしまうなんて…




後に知った、これが
阪神淡路大震災


その発生から、今年で16年が経ちます



もう、そんなに年月が過ぎたのかなと






自分達も、そう


被災の規模こそ大きく違えど、まさかあのとき(16年前)テレビの画面越しに見ていたような地震災害に、直面するなんて

まったく想像もしていなかった


もちろん、神戸の人たちだって考えもしなかった突然の出来事だったに違いない





おきてしまった…!

複雑な心境で
家族や友人、知人の安否確認に走った、新潟中越地震


信号もつかない真っ暗な街中を、混乱し渋滞しているなかをひたすらすすんだ




…神戸の人たちは、こんなもんじゃなかっただろうな


神戸は




「…想像を絶する光景だった、さすがに言葉にならなかった」


災害救助支援で神戸へ行っていた人が、何度もそういっていた







新潟で被災してからしばらくして、神戸のある方と電話で話した
会ったこともなくこちらから突然の連絡だったにも関わらず、震災について「お互いガンバらな!」と言葉をかけてもらった




その日から、自分に何ができるんだろうと日々問いながら過ごしてきた


神戸(阪神淡路大震災)が16年、まだまだ頑張ってる


街の景観からは16年前の大惨事、被害の様子は想像つかないくらいにまで改修されていて



でも、それだけが復興じゃない






それで復興は終わりじゃない








嫌なことは忘れても、大切なことまで忘れちゃいけない


復興支援って、そうだと思う







片付いたら、終わり


ちがう















シンディ〆