雑食系、クリエイティブクラスタ。(旧「みせいねんのひょうろん!」) -2ページ目

雑食系、クリエイティブクラスタ。(旧「みせいねんのひょうろん!」)

宅録厨に憧れSONARを手にした、とあるGUMI厨の、無理矢理系波瀾万丈ブログ!(←
未成年のネット評論。濃厚な記事を好んで書いています。いつもコメントを残して下さった方のブログへ訪問させていただいています。読者の相互登録については御気軽にお申し付け下さい。

どうも、ご無沙汰です。玄音です。

さてさて、一体何ヶ月の放置でしょう。。?


失礼、勿論誰に聞いているわけでもありません。自問自答そのもの。


学校の居座古座でPCがお蔵入りしていた関係で、数週間の間、Androidで出来る範囲の作業しか出来てませんでした。PCは今さっきやっと押入れから出し終えた状況です。

バックライトがやけに明るいな…と思ったので調整。。

ってさっきから、ロクでもないこと喋ってばっかりですねw


気を取り直して、

今年も年末がやって来ました。毎年恒例です。呆れるほどに。

今年、2011年は、波乱に満ちていたと言うか、ほとんど気が休まることがない一年だったのではないのでしょうか。未曾有の大災害から端を発した福島第一の原発問題は、300KM圏に深刻な被害を齎し、今も収集つかずのチェルノブイリ原発と同クラスの事故。
これはある意味で、重要なことから目を背けてきた僕達への、あるいは世界中の人々への訴えなのでしょう。

食品産地偽装、放射線物質の大量流失。重大な問題はいくつもあり、その傷痕は後世まで深く刻まれるだろうというのは想像に難くありません。

というか少しづつ、僕達が犯してしまったこの問題への答えはこれから自然と明かされていくのだろうと思います。

政府も秘密主義だし、メディアもロクな情報を流さないこの世情。

今僕達が頼るべきはなんでしょう。

…切に。



という風にグローバリズムを気取ってはいますが、所詮僕は口だけの結局は自分の世話で手一杯な一高校生です。

あんな裏があるんじゃないかとかいや違うそれはどうだとか口ではうだうだ言えても、結局は不毛なのです。口だけで生産的な高校生なんて後にも先にもそうそう居やしません。



さて、僕は去年まで中学生だった訳ですが、もう明らかに頭が劣化してますよ。堅苦しい文章が書きたいけど、そういう気分じゃないんです。え?違うの?じゃあなんなの・・・?


…面倒な私事はこれくらいに抑え、表題の通り受験生に告ぐというのをメインに話していきたいと思います。とはいえ、思いつきで何も考えずに書きだしているので出だしからこんな有様ですがどうぞ見守ってくださるかたがいらしたら見守って。

因みに、別にPCが久しぶりでやることが思い浮かばないなんて気は毛頭ありません。そう、毛ほどにもありません、毛程にも。


去年まで僕、中学生だったわけです。けれど、高校生になりました。
これってどう思いますか?「中」が「高」になったわけですよ。

僕を含め高校生からすると、別段なにも変わらない。

じゃあ何が変わったか。



答えは簡単、「他人の目」が変わりました。

簡単でしたか?簡単ですね。そりゃそうだ。肩書きなんだもの。


こんなこと、誰だって中学生の頃あたりには知ってます。若い程にやったこと、それがステータスなんです。

例えば、

一人の30歳の天才ピアニストと一人の5歳のピアニストを比較して紹介されたら、当然、「5歳のピアニストなんてすごい!」となるわけです。

勿論、30歳のピアニストの技術は「すごい」のです。超絶技巧練習曲なんかをきっとすらすら弾ける人なんです。



さて、あるテレビ番組でこの二人が取り上げられたとして、よりすごいと観客に認められるのは果たしてどっちでしょう。

仮に、その演奏技術の比が、30歳の人:5歳の子=60:40 だったとして。




選ばれるのはどっちでしょう。




…迷いましたか?

迷ったなら、それが答えです。



大器晩成型と早熟の天才型、どちらがより反響を得るかといったら「当然」、早熟型です。

30歳というのも、全体で見れば、ずっと若い。

けれどキャリアが邪魔をするのです。




30年の中に、辛く、厳しい鍛錬の日々があり、挫折も屈折も幾度と無く経験したはずのピアニスト。

けれど5歳でピアニストになった彼の前に立ってはおそらく、こういう他無いのだろうと思います。


「いやあ、すごいね。その年でもう〇〇のような曲を弾けて、何より、卓越した技術を持ってる。こんな子は滅多に居ないよ。僕がこの子くらいの年の頃は、絶対に出来なかった」

30歳の天才ピアニストは、渋面を押し殺し、笑顔をつくります。



「きっとこの子は、僕よりずっと有能なピアニストになるよ」




話を戻します。


久々にあった親戚にこんなことを言われる高校生は多いハズ。

「〇〇君(さん)はもう高校生なんだね~大きくなったね~」


場面を想像して下さい。

嬉しいですか?


「成長を認められている」という実感がなんとなくありますよね。

それでは、

「〇〇君(さん)はもう高校生なんだね~」

ではどうでしょう。

…嬉しいですか?


「大きくなったね」の一文がなくなっただけでこれほど違う理由。

それは、肩書きがひとり歩きしている感覚があるから。


〇〇君は、高校生


それは、果たして自分を認められていることになるのでしょうか。







…






えっと、やっぱり支離滅裂になってしまいました。

受験がもうすぐに控えている時期。


自分が欲しいのは肩書きですか?

目指している学校に、本当に自分が求めているものがありますか?



自分自身に目眩ましされていませんか?

受験の熱に浮かされてはいませんか?



こんな締めで宜しかったでしょうか。。




最後に。

僕は、考えて入ったつもりでした。

手当が出るし、こんなご時世に就職が保証されているなんて滅多に無いチャンスだと。



でも、違います。



これはチャンスだ!と思った瞬間。
そのチャンスが他の人にも平等にあったなら、

そのチャンスは敢えて見逃すべきだったのです。


30歳のピアニストは、5歳のピアニストを前に何を思ったのでしょう。

「この子がこの年でここまで弾けるなら、自分は一体今まで何をしてきたんだろう」

そう思っていたのかもしれません。



「この頃あの就職先が景気いいっていうからこの学校がいい」

「この頃この学校の野球部の調子がいいからこの学校がいい」


甘えてはいけません。



早いうちから行動して下さい。

自分の土俵を見つけて下さい。



くれぐれも、手入れのし尽くされた土俵に踏み込まないように。

泥まみれの土俵を見つけて下さい。



最後の最後に。


30歳の天才ピアニストは5歳のピアニストよりも恵まれています。

きっと、ピアノが大好きだからです。


思わぬ才能があった、のではなく、やりたいから頑張った、


その気持が大切なのです。















(中弛み、締まり悪さすみません。次からはちゃんと考えて書きます)