その翌日の夜
地震から二晩目。
キャンドルを灯して・・・、
なんてロマンチックなものではなく
薄ぼんやりした暗がりの中
情報遮断いつまで続くのか、
と思っていたら、
まず、機械のウィーンという音とともに、
ビデオやらなにやら、ランプが点きはじめ、
もしやと、スイッチを入れたら電燈が点いた。
この瞬間、ほっ。。。
停電は丸二晩にもなっていないのに、
なんと長く感じたことだろう。
今でも停電の方がいらっしゃると思います。
とても不便なことでしょう。
はやくなんとかなりますように。
その翌朝2
交通通手段が何もなく、
妻は自転車で勤めに出かけ、
「たぶん戻って来るから」と言ったきり。
町の入口を見たら、いつもと様子が違っていて、
結局、迂回して仕事場まで、
片道6Kmアップダウンの道を走ったそうです。
ま、以前にも何回か自転車通勤していますので、
平気なようですが。
まだケイタイもつながらず連絡手段がないので、少し心配しました。
取りあえず何事もなく帰宅したのでよかったです。
私みたいなひ弱な人間から見たら大したもんです。
がんばろ。三陸っこ !!!
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その翌朝
その翌朝。土曜日。
なすすべもなく、寒くて布団をかぶって横になっていると、
妻の姉が、家に飛び込んできて、
「心配したー、」って。
「携帯にかけてもつながらないし。」
(メーカー?機種?当方のはダメだった。)
妻が死んで、私がショックで、パニックになっているんじゃないかと。
なぜ、こういう展開なのか分かんないけど、すごい豊かな、想像力。妄想?
なにしろ、ものすごく心配してくれたのでしょう。
その時、初めて聞きました。
大津波の襲来があったこと。
大変な被害を出したこと。
そして妻の実家が、すべて流されてしまったこと。
その家族はギリギリの所で車に乗り、命からがら逃げられたという。
妻実家の、まだ人がいるとなりの家は、見ている前で流されたそう。
実家の家族は、義姉のところに身を寄せていますが、
これもまた強い。
ショックは後から来るものなのか、分からないけど、
冷静で淡々としており、挫けた様子は見られないようです。
妻の母など、80歳を過ぎてますが元気なもので、
「避難所に一晩泊まって、知り合いと話をしてきたい」
話を聞いてあげたり、励ましたりするつもりなのでしょう。
その強さ、また涙。
その夜
その夜。
地震と同時に停電になり、
夜は、ずいぶん前の、結婚式のおまけのでかいキャンドルが役に立った。
とりあえず寒いので、家にあったホッカイロを貼って、
厚着をして、
居間に布団を敷いて、寝た。
停電で困るのはたくさんあるけど、
水洗トイレの水が流れなくなったしまう事、
も、困りもの。
ても、あれ、風呂なんかに水があったら、
バケツで汲んで、便器にジャーすればいいみたい。
そうすると、ゴボゴボって流れていきますね。
すべての情報が遮断されている中、
津波の襲来を知ったのは、
不安な夜が明けて翌日になってからでした。
その時・・・。
その時、レンタル屋さんにいました。
突然、グラグラグラっと。
両側の棚からDVDがぼたぼた落ちてきて、
・・・こんなシーン、テレビで見たなぁ。
と、またノー天気な。
あっと言う間に停電になり、
それでも借りようとしている自分。
皆が外に出るから、外に。
そしたら、
駐車している車は上下に動いているし、
道路は波打っている。
這う這うの体で車に乗り走った。

