れい 団長さん
こんばんは~
私なんですが、先週の会議参加させていただいて、ありがとうございました!
日本語はまだ堪能してませんので、聞くことしかできなかった。
みんなさんの意見は見ましたが、団長さんはまだ悩んでいるようです。(昨日まで
私にも考えがあるんだが、共闘ルームで簡単に言えなかった…
だらかこうやって、メモみたいなものに整理し、団長さんに見えせようとしていた。
申し訳ないですが、今朝、会社のチームで予定の会議があるので、今日まで会議準備をしなくちゃいけない。現時点団の状況をみれ、問題はすでに解決したそうが、いままでずっと世話になりましたから、もっといい騎空団をつくるため、やはり遅くなってもれい団長に話をしたいと思います。
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まずは貢献度について、しょうじき、前回の「古戦場」まで、私はずっと「自分の戦力はやくたたず、なにもできない」と思っていた。ですがノルマがある以上、なんとかしなくちゃいけないので、はじめて本気に参加した。
実際に参加すると、「私のようなひともある程度貢献度を稼げる」ことを覚えた。ゲーム業界のひととして、またグラブルの面白い一面を発見できました。3000万のノルマは最初は心配したが、達成できて嬉しかった。怠っていたことをお詫びいたします。
ですが、3000万の目標を超えたことは楽とは言えなかった。最終的は9000万左右だったが、じつは毎日目標のことを心配して数時間に仕事しながらやっていた。もし仕事の任務が増えたら、またはリアルのプレッシャーが大きくなると、達成できるかどうかの自信は…
その他、今回の予選は週末で幸運だったと思います。おかげで肉集まりはうまくできました。ウォーミングアップをうまくすると、本戦も順調になるはずだと思います。幸いつぎの光有利も週末に始まります。だが、過去にも平日に開始することがあるんので…
要するに、時間についての影響も団長さんに考えていただきたいです。
もう一方、ベテランの友達に闇有利は一番稼ぎやすいと聞きまして、その分も考えましょうか。
だから、目標について、4000万になってもよろしいでしょうか?もしまた容易的に達成するとまたアップすればいいじゃないですか?
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連絡なしの方について…
ここは正直にれい団長にはなしましょう。まえに日本で生活したときでも、日本文化の建前とかお世辞ことばとかまったく把握できなかった。だらか中国的な思考で言います。
騎空団は船だというと、れいさんは船長ですよね。もし船員が船長のいうことを聞かないとよくないだと思います。当然、ゲームでなにか責任や義務は必ずあるとはいえない。残念ですが、もし団の目標か方針かに一致できない場合は両方の相性が悪くでマッチできないだろう。団長さんはすでに知らせる義理は果たしたので、もしあいてはなにか考えがあったら言い出すべきだと思います。無言のままだと、あんまりにも礼儀知らずではないかな。
ですから、退団処分は相応しい処置だと思いました。
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例の2つの件についての感想でした。ちなみに個人情報を団長に言いたいです。RANK160を超えたがいまでも「方陣1.0」の武器を使っています。(日本の言い方はわからないですが、中国でセレストたちの武器を方陣1.0とよびます。メタトロンたちの武器を方陣2.0とよびます)これから方陣2.0に変えるとか~なり時間をかかると思いますが、古戦場と騎空団の魅力を一新に感じられて、団長さんがよければ、これからも「私たちの物語」で世話になっております、よろしくおねがいします。
以上でした!

母上は病気で入院したから、先週のブログが更新しなかった。
ところで前回の記事については大連市にいた最後の日ではなかった。10月08日の夜更けに威海衛へ行く予定がありますが、昼間のうちに何も計画がありません。
そもそも普通の観光旅団について、大連老虎灘海洋公園は大連市に到着し、最初に行かなきゃところです。私は文化・歴史の観光スポットより、そんなエンターテイメント性すぎるところがあんまり興味ありません。でもそっち行かないと、時間はただ経っています。
大連老虎灘海洋公園には、鳥語林、白熊などの動物をはじめ、イルカ・アシカのショーを見学できる大連極地館、珊瑚館などがあり、2005年5月8日には、国家旅遊局から最高級である国家5A級景区に指定された。(ウィキペディアより)入場券は一つ200元ぐらいですが、ちょっと高いと思います。
建国記念日はもう経っていますので、公園には人々が少なかった。エンタテインメントはともかく、波打ち際が綺麗だと思います。



極地館のなかで、白熊とか、ペンギンとか、サメとか、たくさんの海の生物が見えます。



極地館のあたりはあるサーカス団がいます。彼のサーカスは私の想像よりもっと面白いと思います。

公園のことはだいたいこれかな。私について、この公園の風景と比べて、向かい側にいる駆逐艦はもっと面白いと思います。
鹿屋鎮守府の提督のひとりである私はこの軍艦に対するすごく興味があります。この駆逐艦はソ連から贈られた。昔は「Ретивый(ペティティヴェ)」と命名された。中華人民共和国のてめ服役している時代が「太原艦」と呼ばれた。アメリカ海軍と対峙した記録があります。艦の上で単装砲とか、魚雷とか、ミサイル発射装置とか、爆雷とか色々な武器がまだ装備していますが、ただ出展するつもりです。この艦は今の中国海軍に関するものを出展するため、ミニ博物館と改造された。活躍していた時代のことをちょっと想像すれば、この駆逐艦は艦これの世界の中できっといい艦娘になります。




夜の時私は大連港に着いた。その辺りに日中戦争から残った建物はいくつかあります。私が乗る船は「葫蘆島」です。これが初めて海の船に乗る。最初から船酔いを恐れていますが、実は全然揺れない。

待ってたぞ!威海衛!北洋艦隊の最期のところ。
ところで前回の記事については大連市にいた最後の日ではなかった。10月08日の夜更けに威海衛へ行く予定がありますが、昼間のうちに何も計画がありません。
そもそも普通の観光旅団について、大連老虎灘海洋公園は大連市に到着し、最初に行かなきゃところです。私は文化・歴史の観光スポットより、そんなエンターテイメント性すぎるところがあんまり興味ありません。でもそっち行かないと、時間はただ経っています。
大連老虎灘海洋公園には、鳥語林、白熊などの動物をはじめ、イルカ・アシカのショーを見学できる大連極地館、珊瑚館などがあり、2005年5月8日には、国家旅遊局から最高級である国家5A級景区に指定された。(ウィキペディアより)入場券は一つ200元ぐらいですが、ちょっと高いと思います。
建国記念日はもう経っていますので、公園には人々が少なかった。エンタテインメントはともかく、波打ち際が綺麗だと思います。



極地館のなかで、白熊とか、ペンギンとか、サメとか、たくさんの海の生物が見えます。



極地館のあたりはあるサーカス団がいます。彼のサーカスは私の想像よりもっと面白いと思います。

公園のことはだいたいこれかな。私について、この公園の風景と比べて、向かい側にいる駆逐艦はもっと面白いと思います。
鹿屋鎮守府の提督のひとりである私はこの軍艦に対するすごく興味があります。この駆逐艦はソ連から贈られた。昔は「Ретивый(ペティティヴェ)」と命名された。中華人民共和国のてめ服役している時代が「太原艦」と呼ばれた。アメリカ海軍と対峙した記録があります。艦の上で単装砲とか、魚雷とか、ミサイル発射装置とか、爆雷とか色々な武器がまだ装備していますが、ただ出展するつもりです。この艦は今の中国海軍に関するものを出展するため、ミニ博物館と改造された。活躍していた時代のことをちょっと想像すれば、この駆逐艦は艦これの世界の中できっといい艦娘になります。




夜の時私は大連港に着いた。その辺りに日中戦争から残った建物はいくつかあります。私が乗る船は「葫蘆島」です。これが初めて海の船に乗る。最初から船酔いを恐れていますが、実は全然揺れない。

待ってたぞ!威海衛!北洋艦隊の最期のところ。
昨日 昨日家に用事があったため、記事を書けなくて申し訳ございません。m(..)m
では、さっそく旅順口区の観光に戻りましょう。
旅順といえば、昔から大事な軍港となっています。清の時代の時、最も重要な場所の一つとなりました。日清戦争に日本と大清朝の互いに奪い合われました。あの凄まじい旅順虐殺事件もここに起こりました。その後の日露戦争にここで激しい戦いも起こりました。
不愉快な話をやめて、遊覧に戻りましょう。
旅順は港口ですから、そこに海へ見渡しなければならないと思います。でもみなとはあまり広過ぎで一枚の写真に入れませんでした。岸辺で日露戦争にロシアが使った大砲が出展されています。港にはまだ人民解放軍の軍艦が停泊しています。前も言ったが、旅順港は今でも重要な軍港と認められています。港口の形が似合いすぎで、ここよりもっといい港口は存在しないと思います。(☆。☆)
ちなみにあの突き出ている部分は「とらの尻尾」と呼ばれています。




上の言ったとおり、大清朝の時代には一番大切な軍港となりました。だからロシアか日本の軍事施設だけではなく、清朝の軍事施設も残っていました。
港口のあたりに「南弾薬庫」の施設があります。それが中国に残った唯一の完全な清朝の軍事施設であります。そこにはまだ昔ソ連から送れた大砲4門を置いています。


その「南弾薬庫」の西の方角にある「潜水艦博物館」がありますが、入場券が高すぎで、私は入れませんでした。でも夕方の時、実はもっと安いチケットがあるって夕方の時タクシーの運転手から聞きました。切符売り場はそれをわざと隠した。普通にはきっと怒るが、中国の旅行業ならばあまり意外に思いません。

次の観覧場所が白玉山で決めました。そこには旅順港のすべてを俯瞰できると聞きました。山を登っていたとき、リスが発見しました!ずっと食事していますから、私のこと全然気付かなかったみたい。ロープウェーではなく、山を登るで良かった。やはり登山がいいと思います!

白玉山塔は山の頂点に位置しています。旅順にとって、そのスポットは行かなければならないところと思います。その塔は昔「表忠塔」と名をつけた。日露戦争に死んた日本兵士たちを記念するため、明治42年落成した。元聯合艦隊司令官の東郷平八郎と元陸軍司令官の乃木希典からの銘文が塔の頂点にあります。このお二人は軍人として、中国にでも有名な方々と尊敬されていると思います。でもその銘文はもう破壊された。此度の旅行に一番残念なことだと思います。人より高いところで日本語はまだ見えます。その銘文の表面に中国語だけではなく、より多いのロシア語があります。意味がよくわからないが、多分昭和20年旅順が解放されたとき、ソ連の兵士たちから刻まれたと思います。ちょっと想像すれば、侵略者とはいえ、あの頃、ソ連が突然に参戦したので、たくさんの居留民の帰国を守るため、日本兵士たちはきっと一生懸命戦ったはずだ。



1945年の写真
行けない。また勝手に悲しいことを喋っていた。
一方、たしかに塔の頂点から旅順港のすべてを俯瞰できる。とても良い景色と思います。10元の入場券の甲斐がありました!よく見れば、軍港にまだ人民解放軍の潜水艦がありますよ~

白玉山塔からちょっと近いところである「兵器館」があります。そこに出展している兵器より、もっと目立つのは白玉神社の遺跡です。昔日露戦争の中に犠牲した日本兵士たちの骨灰はここに奉安されていましたが、今はただ骨灰を置いていた穴が残っていました。

本来、その後は西大陽溝砲台を観光したいですが、目的地に到着後、その観光スポットはもう廃棄されています。そこはロシアから建造された元防御陣地です。旅順には想像よりもっと多い観光スポットがあります。今の中国政府にとってそれを全部守るのは多分無理だと思います。だからその中のあまり有名じゃない場所を見捨てます。道中で旅順に位置し、もう一つの大和ホテルを見つけましたが、そっちも廃棄されています。

最後には元関東軍司令部を見物しました。残念ながら、修繕していますから、開放されていないです。でも道中で勝利塔と旅順駅を見ました。勝利塔はソ連軍が中国から帰国した頃、太平洋戦争勝利10週年を祝うため、1955年に建造されました。旅順駅はロシアから建造されました、今も使用されています。



旅順は此度の旅行計画に大事な目的地ですから、ちょっと長い記事を書きました。私は学生時代から旅順港が特別な観光名所と思いますが、みずから旅順を遊覧したので、たくさんの観覧場所を知ってしました。一日が全然足りないと思いますが、もっと多い日を用意しなかったは本当に残念だと思います。
では、さっそく旅順口区の観光に戻りましょう。
旅順といえば、昔から大事な軍港となっています。清の時代の時、最も重要な場所の一つとなりました。日清戦争に日本と大清朝の互いに奪い合われました。あの凄まじい旅順虐殺事件もここに起こりました。その後の日露戦争にここで激しい戦いも起こりました。
不愉快な話をやめて、遊覧に戻りましょう。
旅順は港口ですから、そこに海へ見渡しなければならないと思います。でもみなとはあまり広過ぎで一枚の写真に入れませんでした。岸辺で日露戦争にロシアが使った大砲が出展されています。港にはまだ人民解放軍の軍艦が停泊しています。前も言ったが、旅順港は今でも重要な軍港と認められています。港口の形が似合いすぎで、ここよりもっといい港口は存在しないと思います。(☆。☆)
ちなみにあの突き出ている部分は「とらの尻尾」と呼ばれています。




上の言ったとおり、大清朝の時代には一番大切な軍港となりました。だからロシアか日本の軍事施設だけではなく、清朝の軍事施設も残っていました。
港口のあたりに「南弾薬庫」の施設があります。それが中国に残った唯一の完全な清朝の軍事施設であります。そこにはまだ昔ソ連から送れた大砲4門を置いています。


その「南弾薬庫」の西の方角にある「潜水艦博物館」がありますが、入場券が高すぎで、私は入れませんでした。でも夕方の時、実はもっと安いチケットがあるって夕方の時タクシーの運転手から聞きました。切符売り場はそれをわざと隠した。普通にはきっと怒るが、中国の旅行業ならばあまり意外に思いません。

次の観覧場所が白玉山で決めました。そこには旅順港のすべてを俯瞰できると聞きました。山を登っていたとき、リスが発見しました!ずっと食事していますから、私のこと全然気付かなかったみたい。ロープウェーではなく、山を登るで良かった。やはり登山がいいと思います!

白玉山塔は山の頂点に位置しています。旅順にとって、そのスポットは行かなければならないところと思います。その塔は昔「表忠塔」と名をつけた。日露戦争に死んた日本兵士たちを記念するため、明治42年落成した。元聯合艦隊司令官の東郷平八郎と元陸軍司令官の乃木希典からの銘文が塔の頂点にあります。このお二人は軍人として、中国にでも有名な方々と尊敬されていると思います。でもその銘文はもう破壊された。此度の旅行に一番残念なことだと思います。人より高いところで日本語はまだ見えます。その銘文の表面に中国語だけではなく、より多いのロシア語があります。意味がよくわからないが、多分昭和20年旅順が解放されたとき、ソ連の兵士たちから刻まれたと思います。ちょっと想像すれば、侵略者とはいえ、あの頃、ソ連が突然に参戦したので、たくさんの居留民の帰国を守るため、日本兵士たちはきっと一生懸命戦ったはずだ。



1945年の写真
行けない。また勝手に悲しいことを喋っていた。
一方、たしかに塔の頂点から旅順港のすべてを俯瞰できる。とても良い景色と思います。10元の入場券の甲斐がありました!よく見れば、軍港にまだ人民解放軍の潜水艦がありますよ~

白玉山塔からちょっと近いところである「兵器館」があります。そこに出展している兵器より、もっと目立つのは白玉神社の遺跡です。昔日露戦争の中に犠牲した日本兵士たちの骨灰はここに奉安されていましたが、今はただ骨灰を置いていた穴が残っていました。

本来、その後は西大陽溝砲台を観光したいですが、目的地に到着後、その観光スポットはもう廃棄されています。そこはロシアから建造された元防御陣地です。旅順には想像よりもっと多い観光スポットがあります。今の中国政府にとってそれを全部守るのは多分無理だと思います。だからその中のあまり有名じゃない場所を見捨てます。道中で旅順に位置し、もう一つの大和ホテルを見つけましたが、そっちも廃棄されています。

最後には元関東軍司令部を見物しました。残念ながら、修繕していますから、開放されていないです。でも道中で勝利塔と旅順駅を見ました。勝利塔はソ連軍が中国から帰国した頃、太平洋戦争勝利10週年を祝うため、1955年に建造されました。旅順駅はロシアから建造されました、今も使用されています。



旅順は此度の旅行計画に大事な目的地ですから、ちょっと長い記事を書きました。私は学生時代から旅順港が特別な観光名所と思いますが、みずから旅順を遊覧したので、たくさんの観覧場所を知ってしました。一日が全然足りないと思いますが、もっと多い日を用意しなかったは本当に残念だと思います。
