およそ半世紀も前に、しかも遥か遠いイギリスで生まれたシェイクスピア作品を、どのように今楽しんでいけばいいのか。
シェイクスピアが描いた普遍的な人間関係や感情を今一度観直すのも一つ。かつて16世紀の過去の物語として楽しむのも一つ。そして、シェイクスピアが描いた世界を現代に照らし合わせ、どのように焦点を当てるかによって新しい見方や解釈を発見するのも一つであり、演出家がシェイクスピアのテキストを用いて何を表現しようとし、どう味付けしているのかを楽しむのも一つである。シェイクスピアを上演する演出家は観客に対しこれらの楽しみ方を様々な形で背負っているが、特に解釈や焦点の当て方と味付けに関してはより演出家のセンスや表現の核が詰まっていると言えるだろう。
そして僕の知る若手劇団の中で、毎度斬新な方法で真っ向からシェイクスピア作品の「味付け」を楽しみ尽くさせてくれる劇団はWillow’sしかありません。つまりセンスがバカいいのである笑
Willow’sの描くシェイクスピア作品の中には、時に元の筋を超越したテーマやコンセプトが内包されている。そして観客はWillow’sが見せるシェイクスピア作品の世界を通し、思考し演出家と対話することで、時に自分自身や社会のことに想いを馳せるのである。これが僕が考えるWillow’sシェイクスピアの最強の楽しみ方です笑

そんなWillow’sが旗揚げ公演として選んだのが「ロミオとジュリエット」(以下ロミジュリ)です。
個人的には、先に挙げた様々な楽しみ方のバランスという一点にのみ絞って言えば、現時点のWillow’s公演の中で最高傑作の1つだろう。ロミジュリは言わずも知れた名作中の名作。花の都ヴェローナにて対立中のモンタギュー家とキャピレット家。憎しみ合う両家の元に生まれた男女が家柄を超え互いに惹かれ合い恋し、最後には両家に根ざす憎しみ・因果・そして強すぎる恋心故に共に死に絶えてしまうという悲愛の物語である。この作品知名度で言ったらシェイクスピア作品No. 1ではないだろうか。そんな作品に旗揚げ公演から挑むなんて天晴れであり、出会ってから死ぬまで1週間にも満たない間に起こる劇的な若者の恋と勢いを描いたロミジュリを旗揚げ公演に選んだのはどこか頷ける。

舞台は簡素な囲み舞台。白のポール2本と黒のポール2本によってのみ枠取られた正方形の何もない空間。そして天井にはおおよそ肩幅くらいの黒枠と白枠の正方形が吊るされている。枠の中には針金によってナイフや聖書、剣などさまざまなアイテムが埋め込まれている。舞台全編を通してモンタギュー家とキャピレット家の対立を黒と白の二色によって描く試みだ。そして演出家自身が演じる、権威の象徴である大公は白シャツと黒のチョッキの装いだ。両家の争いから始まるオープニングでは白のテープと黒のテープを互いに陣取り合戦をするように地面に貼り合う演出が施されている。これにより何もないただの空間が両家が争い合うフィールドとして成立し、初めて「舞台」になるのである。そしてこの舞台は照明や小道具によりその時々で色を変え形を変えていく。またこの公演では小道具の見立てを効果的に用いている。例えば権威の象徴である大公の台詞はマイクを通じて天の声のように語られ、神父の祈りは霧吹きから噴き出す水で表現される。さらに松明はサイリウムライトや懐中電灯で表現される。観客はその時々で、舞台の変化や象徴的に扱われるアイテムや小道具の見立ての「意味」を考え選択していくことで、物語を遥か昔のヴェローナの物語から身近な話として飲み込んでいくのである。
 またWillow’s作品を語る上で、俳優の演技方法についても語らなくてはいけないだろう。この旗揚げ公演からシェイクスピアの台詞をそのままに、俳優の中で身近に感じられるまで言葉を咀嚼して落とし込み再表現する試みが伺える。ともすれば、スケールが小さくまとまってしまうというデメリットは孕んでいるが、旗揚げ公演にして既に、全編を通じ彩色豊かな台詞を歌わせずに俳優がその場、その場で紡ぐ嘘のない言葉として処理しきっていることは見事と言う他ない。

さらに、この作品ではクロスジェンダーの配役が効果的に用いられている。キャピレット夫人を演じる黒田和宏、ティボルトを演じる門間美結、そしてその中でも一際輝きを放ったのが乳母を演じた神林純太郎だ。力強い大柄の中年女性というストレオタイプを若い男性の身体によって表現することで、より力強さや厚かましさが増しロミジュリの暗く絶望的な話に一時の明るさと笑いを提供している。

以後、シェイクスピア作品を通じ実験的で革新的な演劇を作り続けている稀有な劇団Willow’sは、このロミジュリの公演により産声をあげたのである。

 

▶出演
ロミオ/高橋拓己(Willow's)
ジュリエット/柴田小雪 
乳母/神林純太朗
キャピュレット夫人/黒田和宏
キャピュレット/小日向春平
ロレンス/小林駿
ベンヴォーリオ/中條玲
パリス/家入健都
薬屋/込江芳
マキューシオ/西山斗真
ティボルト/門間美結
ヴェローナ大公/木川流(Willow's)

 

(文章・芝原れいち)