因果応報。
いい行いをすればいい報いがあり、悪い行いをすれば悪い報いがあるという事。
自分は、今までの人生、どちらかといえば悪い行いばかりをしてきた。
人を裏切り、人を傷つけ、他人や自分までを欺き生きてきた。
本当は、神様だっているって信じてる。
キリストだろうが、仏陀だろうが、誰なのかは知らないが、腐りきって目の前が真っ暗になった今でさえ、神の存在を信じている。
きっと、それは俺の中で絶対的な事であって、これからも変わる事はないと思う。
それでも、俺は神を試した。
なぜなら、世界中どこでも不公平、不平等は溢れていて、平等な事なんて何一つないって思っていたからだ。
しいて言えば、流れる時間の早さぐらいだろうか。
俺はいつからか、神を恨むようになっていた。
人が本当に窮地に立たされた時、神様は何も教えてはくれないし、助けもしてくれない。
世界中でこんなに敬われているのに、姿すら見せず、何一つはっきりしない。
それでも、人は神に問う。
愛とは何かを?
生きる事は何かを?
死ぬ事とは何かを?
何一つ教えてはくれないのに。
何一つ教えてくれない神様なんかより、
あいだみつおの言葉に救われて、
ミスチルの詩に心動かされ、
高校野球で涙流してるほうが、
よっぽど、人生における何かを得られる。
そんなふうに思った。
そういうふうに思う事自体、神の存在を疑ってるように思うかもしれないが、そうじゃない。
多分、神様は1人1人の中に、そしてもちろん俺の中にもいて、誰もが神と一緒に生きているんじゃないかって思う。
上手く説明出来ないけど。
ずっと、そう思ってる。
ずっと、そう信じてる。
だから、因果応報なんだ。
だからこそ、自分で立ち上がるしか、
自分で変えるしかないんだ。
こんな、辛気臭い事を考える夜でも、きっと、愛とか希望とか夢とか、そんなものがまだそこらへんに転がってる気がする。
そう思えるうちは、まだ大丈夫だって信じれる。
そう思って生きていける。
いい事も悪い事も全てを受けとめて。