伝わらないのではなく、伝えていないのだ。

「わかって。わかって。」と、
心の中で叫んでも、伝わるはずはない。

大人だから、それくらい解っている。
いや、大人になれていない。

でも、
これは、この人に言うべきか。
これは、この人に問うべきか。
それ位の分別はあるだろう。

「伝わらない」
「伝えるのは難しい」
そう言った時点では
おそらく伝えてはいないのだ

「言葉にも、しらずしらずに贅肉がついている。
よく思われたいという虚栄心、
へんに思われるんじゃないかという恐れ、
おごりや、
妙なへりくだり、

相手は自分のことをどう思っているのかという自意識‥‥。

そうした余念をすべてそぎ落とし、
無になったときに、
言葉は、ただそれだけの純粋な意味を背負い、
速く、
強く、
相手のもとに届く。
余念を払って無になること、
無の我に自信を持つこと、
日ごろからそうなるように
訓練することが大切だと。」




全てを取り払い、裸になる。
それは、すごく怖い行為。
華やかに着飾る事は無くても、
それなりには、着飾って外に出る。
キレイとか、
かわいいとか、
美しいとかの言葉を言われる方がいい。

見た目の綺麗さだけではなく、
内なる「美」からかもしだされるものがある。

内面を見て欲しいと思っていても、
表面もそれなりでなくては、
内面は見向きもされない。

と、言い訳を重ねている。

自分にもっと厳しさをもたないと。
自信を持てる自分にならなければ。

自分をかばいすぎない。

胸を張っていかなければ。

攻撃を受ける強さをもとう。
どう思われるかなんて、もう「今さら」だとはらをくくれる「強さ」を
取り戻そう。

雨はふる。風も吹く。
でも、毎年「桜」は咲いてくれる。