私は貴方の職業は知らない。知ろうしない。
仕事を自慢げに話しされても興味がないし、
愚痴を言われるのは、もっと嫌だから。
貴方は私の職業を知っている。
でも、それ以上は訊いてこない。
正しい選択だと思う。
寂しく感じるときはある。
貴方が私の前で仕事の会話が弾んでいても、
その中に私は入れない。
そう、貴方は私から遠く離れた世界にいる。
私を見ていない。私には見えない世界にいる。
私は貴方の職業について
詳しくは知ろうとしない。
それは、正しい選択かどうかは、判らない。
寂しいとは違う感情が湧いてくることはある。
貴方は私をいつも優しい瞳で見つめてくれる。
私が望む前に、貴方は私に色々と与えてくれる。
ただ一つを除いて。
個人的時間が少ない貴方は、私をありとあらゆる場所に同行させる。
もちろん、私の時間が許す限りだし、かなり限られた空間ではあるけれど。
貴方が私を見つめていない空間の居心地の悪さは、
私の感覚を乱すのに、とてもいい作用を及ぼす。
貴方が私以外の人間との関わりを見ているのは好きだ。
二人きりでいる時より、貴方の存在を感じる気がしている。
「どうしたの。そんなに哀しい瞳で、僕を見つめていたの。」
貴方はそっと私の頭を撫でてくれた。
「ありがとう。哀しい事が嬉しいのよ。
涙を流せるようにしてくれた貴方に感謝していたの。
おかわりを頂ける。」
「もちろん。いい子だ。」
貴方は私を抱きしめる。とても優しく強く私を抱きしめる。
そう。この瞬間だけて、もう何も欲しくなくなってしまう。
「後でゆっくり可愛がってあげるから、もう少しここにいておくれ。」
私のおでこにそっと口づけをして、
貴方はまた私と違う空間へ行ってしまった。
何か深い所にいる。
自分では救い出せない。
そしてそれが何処かも解らない。真っ暗では無いけれど、何も見えていない感覚。
深い森の中。
深い湖の底。
何かを感じようと試みる。
風の音。草の匂い。水の匂い。光。温もり。
そういう類いのものを感じているのか、記憶の中から、引き出しているのか。
ただ想像しているだけの空間にいるのか。
夢の中の世界なのか。
生きているのか。
暗くて、重くて、苦しい。
その感覚があるのだから、
生きているのだろう。
どの位そこにいたんだろう。ほんの数分か、数時間か、数年か。
そう、
改めて時間の感覚が曖昧だと思う。
全ての感覚が曖昧でいて、
曖昧に感じていて、
ただただ、この感覚から
抜けだしたいと思った。
何処かわからない此処から、
抜け出したいと思った。
でも、自分ではどうすることも出来なかった。
そんな感情を持ったころ、
貴方が救い出してくれた。
そこから、救い出してくれた。
貴方は、本を読んでいる。
貴方は、本の世界にいる。
いつもとても集中しているから、私は置いて行かれた気分になる。
でも貴方は決して私を置いて行ったりしない。
貴方が声を出して笑う。
涙を流して、お腹を抱えて笑っている。
私もつられて笑ってしまう。
「ご覧よ。すごく愉快なんだ。」
そういって私に本を差し出してくれる。
貴方は決して、私を置き去りになんてしない。
貴方がいない時間も空間も、
もう私には想像できない。
でも、ここはどこなんだろう。
私は存在しているのだろうか。
「読書はちょっと休憩にするよ。
お腹が空いたから、何か作るよ。」
「素敵。」
貴方の作るものは、いつもとてもセクシーだった。