警察 VS 諸葛亮包茎 ~まえふり~


警察VSと銘打っているが、ケンカのための挑発ではない。


愛だよ、愛…。


我が同胞…すなわち包茎は警察人口においても占める割合は高い。


ほんの一握りの者が不祥事を起こすと大騒ぎになる…、


まるで、すべての警察官がそうであるように…。


同胞としては、そういった報道姿勢には腹立たしさを感じる。


ゆえに、羊の皮を被った漢(おとこ)の如く純粋な包茎の素顔を…、


否、純粋な警察官の素顔を代弁者の言霊とともに紹介したいと思う。



タイトルを、VS諸葛亮包茎とした理由は…、


なんとなく三国志の諸葛亮孔明みたいでカッコイイからだ。


全国の警察署で働いている同胞よ…、


疲れているときは代弁者の言霊から勇気と知恵をもらい…、


市民生活の安全を守るために日々精進してくれ!



平成20年4月27日 諸葛亮包茎(キャロウェイでーす!) 



平沢勝栄代議士はどう答える? 市民が警察に望む絆!

(平沢勝栄衆議院議員 Vol.1)


警察の不祥事を部分的にクローズ・アップするワイドショーより、

表から裏まで全体を見てきた警察出身者の声が聞きたい…。

ペンの暴力に屈せず、戦い続けている政治家の声が聞きたい…。

そんな市民の皆さんの気持ちを背負ってたどり着いた先は…。

平沢勝栄代議士はどう答える?

市民が警察に望む絆!!



―― 平沢代議士は、日頃から警察制度の抜本的改革を主張してきましたが、その理由をお聞かせください。





平 沢:かつてアメリカのデイビッド・ベイリーという学者が『ニッポンの警察―そのユニークな交番活動―』(サイマル出版会1976年刊行)という本を出して、アメリカとの比較で日本の治安のよさ、日本の警察の規律のよさを絶賛しました。これがエズラ・F・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(1979年、日本で70万部を超えるベストセラー。日本経済の破竹の勢いを外から分析し、欧米諸国に警戒心を促す1冊であった)にも引用されて、治安をベタほめしたわけですが、こうしたことなどが日本の警察の増長につながったと思っています。『ニッポンの警察』の訳者の一人として私は、この日本警察絶賛の本が、著者の意に反し、結果的に日本警察改革のブレーキ役を果たしたのではないかと、内心憤慨なる思いを禁じえません。



 たしかに、当時の日本の社会は教育水準が高く、失業率も低く、同質社会で、出稼ぎにくる外国人の数も少なかった。そうした同質的社会などが、結果的に治安を支えていたんですね。それを日本の警察の優秀さだけが原因と、いささか履き違えてしまったのではないでしょうか。その結果として、昭和二十年代にできあがった警察制度のシステムや、やり方を、その後時代や社会の変化の過程で生じたさまざまなひずみに対応することなく、今日まで抜本的改革を怠ってきてしまったのです。

 当時、私は組織内部にいても、これではダメだという思いでいっぱいでしたが、この警察の問題というのは、実のところ、日本の役所や政治、社会に共通していえる問題ではないかと思います。構造改革が必要なのは道路公団や郵政だけではありません。霞ヶ関全体そして警察も必要なのです。





―― かつて『週刊新潮』の平沢代議士に対する中傷は、マスコミ関係者の間でも、あそこまで事実を歪めた中傷・誹謗記事はジャーナリズムに反するという意見が大半を占めていたようですが、結果として、誤った情報が一人歩きしてしまった事実は否めません。そこで、本題に入る前に、政界へ転じることになった動機などもあらためてお聞かせ頂きたいと思います。





平 沢:役人時代、私は政治家と接触する機会は少なくありませんでした。むろん、国会答弁を政治家に代わって作成したことも一度や二度ではありません。ずいぶん、お粗末な政治家も目にしてきました。そうしたなかで、まずは永田町を変えない限り日本が立ち直れないという思いを強くしていましたが、その思いが、私が政界入りをうながされたときに、参考になりました。



 たとえば、警察庁で売上げをクリアにするため遊戯業界にプリペイカードの導入をてがけたとき、一部の政治家のなかには、業界の代表としてしか動かない人たちがいることを知りました。こうした議員たちに、「反対なら反対でいいが、業界の一部の働きかけを受けて、代案も出さずにただ反対というのは困りますよ」と申し上げました。プリペイカードは「あくまでも業界を健全化するための選択肢の一つにすぎない」と、そういうボールを何度も投げかけましたが、彼らはただ反対というだけで、政治家というより、業界団体の代弁者にすぎませんでした。私は、こんな政治家による、いびつ政治が蔓延していたのでは、日本はダメになってしまうという思いを募らせていました。





―― 後藤田正晴先生の影響も大きかったようですね。





平 沢:そうです。政治家を志したもう一つの理由は、中曽根内閣時代に官房長官を務められた後藤田正晴先生の秘書官としてそばで政治や行政を観察する機会に恵まれたことがあります。警察関係の話を例にしますと、警察官の増員は国で決めることだから、警察庁幹部が頻繁にOBである後藤田さんのところへ陳情にきました。後藤田さんは、それに頑として首をタテに振らなかった。たとえ警察庁長官が頼みにきても、後藤田さんは動かなかったんですね。



「増員もいいが、いまの警察に人員のムダはないかね。ムダがいっぱいあるのに減らす努力をしていないのではないかね。少年犯罪が増えた、凶悪犯罪が増えた、覚醒剤常用者が増えたからといって、増員だけしていたのでは、エンドレスに人員が増えてしまう。まずはムダな人員配置がないか、内部の改革をきちんとやることが先だよ」



 そう正論を言って、在任中はほとんど増員に応じませんでした。



 どこの役所でもそうですが、警察でも「人を増やした、予算を増やした」というのは、役人として最高の手柄となります。出世のための最大のポイントを稼ぐ仕事である以上、役人が必死になるのは当然だと思います。



 しかし、後藤田さんはいろいろな議員が「警察官を増員しろ、予算を増やせ」といってプレッシャーをかけてきても、「警察のご機嫌をとる議員は、明日にでも警察に捕まりそうなヤツばかりだ」といって、決してうんとは言わなかった。



 私が後藤田さんを尊敬しているのは、役所に睨まれることなど気にせず、例え出身官庁の要望であれ、役人の意のまま動くことをまったくしなかった点です。よく勉強していて、国家国民にプラスになるかどうかで判断していました。おそらく役人から見て、後藤田さんほど扱いにくい人はいなかった。しかし、心の中で役人は皆、後藤田さんを最も尊敬していたのではないかと思います。

(つづく)