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no man is an island


今日は小学校の父親の会主催の花火大会本番日だった。5月くらいから会のミーティング等を始めてきたが、いよいよ本番の日を迎えた。昨日までの天気予報が雨・風予測で良くなかったのだが、当日は昼の準備に入っている時から晴天になり、打ち上げる19時頃には微風が吹くかなりベストなコンディションになっていた。花火スタッフの入場・紹介、校長先生の挨拶に続き、本番打ち上げに入った。僕は打ち上げ班として、15発並んだ花火を左から順番に点火していく役割だった。透明のアクリル板をシールドにして、ガスバーナーで時間通りに点火していく作業はかなり大がかりなもので、神経も使う。実際、点火が始まると、強烈な爆破音と衝撃波がアクリル板越しに伝わってくるし、簡易照明で手元を明るくしても花火の導火線が見えにくかったりして、周りの状況を見ている余裕もなければ、自分の打ち上げてる花火を見上げることすらできなかった。それどころか、爆発で飛び散った火花が体に降りかかってくる状況で、指を火傷するくらい激しいものだった。
それでも、花火を全て打ち上げて、帰っていく観客を見送っている時間は、何故かとても穏やかな気分になれた。松田聖子のスイートメモリーズが流れていたのだが、夏の終わりに何となく似合う曲だなと思った。校長先生のお話にもあったが、コロナ禍で色々窮屈な生活を強いられている子供達に夏の思い出を一つでも多く残してあげることが、大人達の願いであり役割だとすると、今回のイベントはとても意義があったと思う。花火を一発一発打ち上げている時、周りを見る余裕もなかったが、頭の中で自分が打ち上げた花火を見上げる息子の眼差しを想像した。花火が何故、人を魅了するのかと考えたことがあったが、花火の一瞬の光の美しさが、自分の大事な人への願いを繋げてくれるような気分になれるからかもしれないと思った。
5月からの準備期間の際に、昨年の花火スタッフ経験者が熱心に「感動するから!」と説明しているのを聞いて、そこまでのものかね?と思ったりもしたが、実際にやってみて、確かにこれまでに感じたことのない感覚があった。ボランティアに全く興味がなかったが、ボランティアは自分のためにやるものかもしれないと思った。
来週から2学期が始まる。最近少しだけ暑さが和らいできた気がする。今年の夏休みは息子のお陰で何かこれまでに感じたことのない感覚を覚えた夏休みになった。