上野の東京都美術館で開催中の
クリムト展に行ってまいりました。
世紀末のウィーンを代表する黄金の画家は
江戸幕末の頃、1862年に
金細工師の息子として
ウイーン郊外バウムガルデンに生まれました。
14才でウイーンの工芸美術学校に入学。
成績はトップクラスでした。
女帝マリア・テレジアが創設した
宮廷内劇場の絵画を完成させ
金十時勲章を授与されたのは、28才の時。
35才になると
保守的なウイーン芸術界を刷新するべく
「分離派」を結成。
作風は徐々に変化していきます。
東洋美術のコレクターとして
ジャポニズムの影響を強く受けます。
特に花材は日本的なアレンジを描いたり
時には梅の花も登場します。
やがて「黄金の時代」と呼ばれる
独自の世界を完成させます。
生きる歓びを金の輝きに託し
キャンバスに描きました。
金を多用に使用したのは
父が金細工師で常に身近にあり
熟知していたことと
また、金は古来、聖なる神の色であり
同時にこの世の富と欲望の象徴でもあったからです。
絵画のみならず、額縁を自ら金細工で作成したり
作中にも模造宝石を埋め込むなど
煌びやかな作風を好みました。
40才の年には
「ベートーベン・フリーズ」を発表。
古典音楽を完成させた理想の音楽家ではなく、
苦悩の中で音楽を高みへ導いた
孤高の芸術家として、讃えた作品です。
全長34メートルにも及ぶ壁画で
展覧会会場内では「第9交響曲」「歓喜」が
演奏されました。
クリムトが描く女性は皆
抜けるような白い肌に、深く魅力的な眼差し。
ドレスはその人物を映すかのような
色と模様とデザインできらびやかに。
上流夫人たちの肖像画の依頼が
引きも切らず舞い込んだのです。
クリムト描く女性像は洗練と品位があります。
女性を愛し
永遠の真実を描き切ろうとしたと言われます。
1918年、1月自宅で倒れ、その後、
55才の画家は息を引き取りました。
生涯クリムトを愛し支えた恋人
「エミーリエを呼んで」と言い残しました。
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