うつ病になって都会で高い家賃を払って一人暮らしするのが難しくなり、田舎に帰る事にした。

 

散々私を精神的に追いつめて来た毒親の母親だったが、もう高齢だし、私のうつ病になった経緯も知っているので、きっと力になってくれるだろう。

 

、、、と考えてしまった。普通の状態だったら正常な判断ができていただろうが、心が弱っていたからきっと大丈夫だろう、と望みを持ってしまった。

 

そしてやはりだめだった。この結末と最悪な気分を何度味わったら私は思い知るのだろう?と自己嫌悪に陥った。

 

母は私が苦しい時ほど私を遠ざける。私が幸せな時でしか私を受け入れてくれない。そんな事何度も経験してきたのに。

 

学校で成績優秀で周りの人から賞賛されていた時は良かったのに、受験に失敗した途端手のひらを返すように厳しい態度になった。不合格を知った瞬間に発した途端に言った言葉は「恥ずかしい」だった。

母は、私が勉強ができてる事で私に有益になる事が嬉しかったんじゃない。母にとって私が勉強ができる事は自分が周りの人に自慢するための道具だったんだ、、、と思い知った。

母が喜ぶから一生懸命勉強してきたのに、、、。勉強ができなきゃ母に愛されないと思って頑張ったのに。

 

離婚した時もそうだった。傷ついて私は実家に少し帰りたかったのに、母は帰って来るなと言った。数年会ってももらえなかった。「恥ずかしい」かららしい。

 

そんな経験がいっぱいあるのに、また私は今度こそ、、と思いアパートを引き払い実家に帰ってしまった。心が弱っている時の判断はろくな結果にならない、って心の底から理解していると思ってたのにな。

 

うつ病になる原因の事が起きたのは5年前くらいだった。母はどれくらい私が心に傷を負ったかわかっているはずだ、と思った。だから少しは私を助けてくれると思った。どんなに毒親でも、助けてくれると思った。

別に優しい言葉が欲しいとか、なぐさめて欲しいとか、そういう高度な事を求めているわけではなかった。ただ、実家に居候させてもらって、心が回復するまでそっとして欲しいと思ってた。

一緒にご飯を食べてたわいない事を話してリラックスして過ごせばよくなってくるかもしれない。というかもう頼れるのが母しかいなかった。今思うと毒親に頼る事しかできないくらい私は追いつめられてたんだ。

 

でも母を心配させたくないし、困るだろうから、「鬱気味なんだよねー」と軽い感じで笑って言った。表面的には明るく普通に振る舞ったりもしてた。助けてくれと言えず幼い頃からしていたのと同じように無理していた。

母は、「私に鬱とか言うんじゃないよ。」と言った。

 

あ、、またか。この感覚、前にも何度も味わったな。とその時ようやく気付いた。この人に頼るなんて無理だったんだっけ。この人は自分の事しか考えてないんだ。人がどうとかこうとかに気を配る余裕も優しさもないんだっけ。

 

鬱の人に「頑張れ」と言ってはいけない、とよく聞く。

そんなんならまだいいじゃん。頑張れって相手の事一応は考えてくれてる言葉じゃん。私が母に言われた言葉、、、もう笑いさえこみあげてきそうに絶望的にひどい。

どうしたら苦しんでる人にそんな言葉が言えるの?赤の他人にでさえ私なら言えないよ。職場の大嫌いな人にでさえ多分言えないよ。

 

母は未熟者だ。対処できないんだ。自分に心がないから私にもないと思ってる。私が傷つく気持ちが理解できないのは、自分の苦しい心も見ようとせず、放置してるから。母の母も毒親で私と同じような気持ちを味わって幼い時を過ごしてきたのかもしれない。可哀想だと思った。イヤミな感情でなく本当に同情してる。だから恨めないし今まで切り捨てられなかった。

 

でも今回ばかりは無理だった。自分がうつ病だから私が母の為に無理をする、っていう選択はできなかった。その後実家に過ごすことは無理だとあきらめアパートを即探して引越したんだけど、母の所に忘れ物を取りに行かなくてはならなくて車に乗ったのにもうどうしても行きたくなくて、理性で動かしてる方の心じゃない奥底の心が「無理だ!」って叫んでて、Uターンして帰って、母がいない時間に行って忘れ物を取って来た。

 

その後、自分を守る為に母と距離を置くことにした。母は相変わらず私の心に大きな傷を負わせた事も気づかず、大急ぎでアパートを借りて実家から出て行ったのは、自分が言った一言が大きく私を傷つけたという事にも気づかず、アパートに遊びに行きたいと言った。

私は何を言っても傷つかない、どんな事でも母の言う通りになる人形だとでも思っているのかな。私は母にとって何なんだろう?

 

私は自分の意志で母を拒絶したのは今回が初めてだった。高齢な親を拒絶するのに罪悪感を感じなかったわけじゃない。でも自分も弱っているから仕方なかった。と言い聞かせた。

 

アパートを借りた以上、お金が要るのでまた仕事をする事になった。

田舎に帰って来た意味がないな、、というトホホな結果になった。

 

でも、そこの人間関係が今までにないくらい最高に良かった。私はうつ病を癒す為に帰って来たという経緯なんて話しているわけでもない。でもみんながとても優しい。私に笑顔を向けてくれるだけでも嬉しい。

今までいろんな仕事をしてきたけど、必ず嫌な人はいた。仕事場の人間関係なんてそんなものだ、と思っていた。

今の職場はみんながみんなの事を思いやれる人ばかりで、そんな人に囲まれるととても幸せな気持ちになる。私も人の事を思いやれることが幸せだと思う。

 

一年そういう環境で過ごしてきて、うつ病もだんだんと良くなってきた。笑う事も多いし、「嬉しい」という感情は一年前はなかった。

 

今回、瀕死の状態で帰って来て助けを求めた結果、母親にとどめをさされた。という形になった。なんかその事実に自分でも笑ってしまう。なんていう親子関係だ。それでもまだ期待は1%は消えてない。もしかしたら母も思い直して、この前はひどい事言ってごめんね、なんて言ってくれるんじゃないか?なんてたまに考えてしまう。

 

まあ本当は普通に考えて、100%無理なんだけど。今まで一度も母が私に謝った事なんてないからね。