そして、次男が寝てる間に第二子の出産レポです
12/2(前夜)21:00頃
12/3 1:30頃
3:30頃
7:30頃
9:00頃
11:00過ぎ 産院へ到着
11:30頃 内診
12:00 分娩待機室へ
12:30頃(推定)
13:00頃
13:30頃
14:00 分娩台へ
14:14
記憶が鮮明なうちにまとめたいと思います。
尚、お食事中の場合は向かない話しなので予めご了承ください


12/2(前夜)21:00頃少し腰に違和感を感じ始める。重い生理痛のような感じ。この時点で、出産が近づいてる事を直感。
12/3 1:30頃鈍い痛みで目が覚める。陣痛がきてる事が直ぐにわかった。
でも、まだ痛みが弱いと判断し、少し様子見。そして眠りにつく。
3:30頃 ちょっと痛みが強くなって再度目が覚める。直ぐにスマホの陣痛アプリでカウント。まだ10分プラスα程の間隔。でも既に10分程で来てるので、2人目出産のスピードは速そうな予感。
7:30頃両親が起きて来たので上の子を任せてひたすら陣痛に耐え抜く時間帯。痛みは最高が10ならこの時点で3くらい。でも間隔は10分プラスαで変わらず。
9:00頃痛みがレベル5くらいに。
間隔が10分切ったので産院に電話。
内診して入院決定するので来てくださいとのこと。
慌てて入院準備し、父親と2人で産院へ。(上の子は母親に完全バトンタッチ)
でも、妙にお腹が空いてたので、今後の体力付ける為にも朝ご飯(白ご飯、納豆、けんちん汁)を見事に完食。
→この辺りは経産婦ならでは。多分初産だったら焦ってしまって入院道具もソコソコに一目散に産院へ行ってたと思います。
11:00過ぎ 産院へ到着簡単な受付を済ませて直ぐに周産期センターへ。NSTを付けて、陣痛が5-8分間隔なのを確認。お腹の張りも結構強く、この時点で上の子でもお世話になった経験豊かな副師長さんより『今日間違い無くお産だねー』と言われる。
11:30頃 内診子宮口は5センチくらい。でももう膜が凄く薄くて、これが破裂すると一気にお産が進みそうと予言される。この時点で入院確定。入院手続きは父に任せる。
12:00 分娩待機室へどうやらお産がもう直ぐだと判断され、早くも分娩待機室へ通される。最大4人が待機出来る部屋だが誰も居ない。(ラッキ〜)
大きな総合病院でもあるので、研修中の助産師学校の学生が一部対応させていただきたいと挨拶を受ける。(でも、この頃から痛みはレベル6にはなってた為、当時は顔も名前も確認する余裕無し)
これから以降が、まさに我慢という名のバトル
12:30頃(推定)NSTモニターをじっくり見る余裕は無し。
私にとっての陣痛乗り切り神グッズベスト3である、湯たんぽ(腰に置いて痛みを和らげる)、テニスボール(いきみ逃し)、ウィダーインゼリー(体力補給)をスタンバイ。
陣痛間隔は絶対5分は切ってた。この時点で痛みは7-8。学生さんが一生懸命世話してくれるけど、やはり経験豊富な助産師さんに比べるとスキルは劣り、優しさが逆に時々ウザく感じる程に。(本当にゴメンなさい)
13:00頃一度目の嘔吐。朝食が全てリバース。
私にとっては陣痛が進んでる良い証拠なんだけど、これが、またキツイ。
痛みはレベル8-9へ。
理性はほぼぶっ飛び。発する言葉は単語のみ。
陣痛が来るタイミングがマジで嫌になる。
ウィダーで少し栄養補給。これは飲めるからまた不思議。
『食べれないと思うけど』と、何と昼食が出されてくる。
匂いに嫌気マックス。でもそれどころじゃないので『匂いがキツイので下げて欲しい』という言葉すら言えず。ひたすら匂いとの格闘にもなる。
そんな中、陣痛進捗確認の為、地獄の内診がまず1回目。
この時点で7センチと言われ、かなり凹む。→初産の時に、1センチ開くのに1時間以上かかった為。逆算して、あとこれを最低でも三時間は耐えないといけないのかと思ったらショック死寸前だった。
13:30頃ひたすら、ひたすら、ひたすら我慢。
なるべく『痛い!』と叫ばずに耐えた方が体力温存できるので堪えていたが、遂に我慢出来ずに『痛ーーい!!』と時々叫び始める。
陣痛間隔は多分2-3分が続いていた。
助産師さんからは、『いい感じでお産進んでますよ!』と太鼓判押される。(でも、心理的にはそれどころではない)
そんなこんなで、地獄の内診2回目。
子宮口は8センチ。
その時に2回目のリバース
(見事に水とウィダーが出てくる)
痛みはほぼレベル10に近づく。
そんな中、天使の声が…
『よし、移動しましょうか。』
これは、分娩台への移動を指します。
私の中で、分娩台への移動→出産、というよりも、陣痛地獄からの解放なので、もう最高に嬉しかった。
でも、既に痛みはMAXなので移動も生半可ではない。というか、実は移動もかなりシンドイ。でもゴールが見えてるから不思議と力が出てくる。陣痛の波をくぐり抜け、痛みが来てない時にスタスタ歩く私。
14:00 分娩台へほぼ自力で分娩台へ上がる。
もちろん痛みはもう最高潮。早くいきみたい。
そんな中、ワラワラと助産師さんが増えてくる。ザッとみた限りは、当初2人しか居なかったのに7、8人は居たような。
そんな中、聞こえてきた会話。
『そろそろ先生呼んできて!』
2、3分後
『ピッチに出てくれないんです』
えー、マジか。(心の声)
でも、そんな事はどうでもいい。もう出そう、、、
ひといきみで出そう、、、っていうのが明らかにわかりました。
でも、まだいきませてくれない(泣)
それに逆らってしまい、無意識でいきんでしまった私。
すると、まさかのこのタイミングで破水!
『もう、顔が見えてるよ!』
と、助産師さんの声。
あぁ、もう直ぐだ。
そんな中、いきんでオッケーの声が。
そして、ひといきみ。
14:14分娩台に乗って、僅か10分程で出産に至る事が出来ました。母子共に健康です。
また、会陰部切開せずでの出産となりました。
でも、赤ちゃんが大きかったので、3センチほど裂けてしまったらしく、産婦人科医が胎盤処理の後、チクチク縫い合わせられました。そっちも結構痛かったです。
さて、ここで気付いたこと。
実は今回のお産は、
産婦人科医は赤ちゃんが出てくるまで全く登場してません。
そう、
経膣分娩では産婦人科医師が登場しないケースもあるのです。
会陰部切開も今回してないので、
会陰部の縫い合わせまでは助産師のみでの出産となりました。
勿論、産婦人科医師には産婦人科医師の役割、助産師には助産師の役割があると思うのですが、今回の私の出産については助産師無しでは語れないものとなったのです。
助産師さんの的確な指示、フォローには感服でした。本当に医療とは総合力なんだなぁと痛感です。
私の夫は医療関係者なのですが、
その話しをした時に、こう言ってました。
『医療って実は、多くは人の不幸(病気、怪我など)があって初めて成り立ってる商売なんだよね。まぁ、それを治していくから結果人助けにはなってるんだけど。
でも、産科だけは違う。始まりが不幸ではない。生命の誕生をサポートして、更なる喜びを生み出す事が出来るからね。』と。
本当、そうだなぁと思います。
産婦人科医師や助産師の友人知人は居ませんが、
物凄く大変な職業の一つだと思われる中、やり甲斐はもしかしたらこういうところにあるのかなぁと、1人勝手に思ってしまいました。
以上です。
長々とお読み下さり、ありがとうございました。