勘助の供養塔がこんな所に!
曹洞宗 萬松山 宗泉院
1504年
こんな山奥に
よく建てたものです
もちろん
周囲に人家は
全くありません
そして
この奥にありました
トイレまで
一緒に書かなくても.................
山本勘助は
当時
このあたりを領地としていた...................らしい
第4次川中島の戦いで
戦死した勘助
その生前の恩に報いようと
この地域の人々が
供養塔を建立した
静かな
静かな
そして
さらにこの奥に
円池(つぶらいけ)なる
湖があるとのこと
しかし
しかし
断念しました.........................
だって
またこれだよ
大正ロマンの香りが漂う
甲府 法人会館
1926年(大正15年)
設計:内藤半二郎
登録有形文化財
まあ決して
悪い建物ではありませんが.........
国民の財産なの?
と思ったら
ステンドグラスが
とてもステキです
建築様式なんぞ
わかりませんが
大正、昭和初期を
実感できます
国民の財産として
残したい建物です
甲府法人会館はコチラ
1926年(大正15年)
設計:内藤半二郎
登録有形文化財
まあ決して
悪い建物ではありませんが.........
国民の財産なの?
と思ったら
ステンドグラスが
とてもステキです
建築様式なんぞ
わかりませんが
大正、昭和初期を
実感できます
国民の財産として
残したい建物です
甲府法人会館はコチラ
甘利山さわら池の伝説
さわら池 標高1240m
甘利山へのルート上にあります
この池には
昔、大蛇が住んでいました
池の底深く住んでいた大蛇は
この池に近づく者
この池で漁をする者を次々と引き込み
呑み込んでしまうので
恐ろしい池として
誰一人近寄る者はいませんでした
その昔
山麓甘利郷の領主の息子2人が
このさわら池で鮒を
釣っていたとさ
すると
突然大蛇が現れて
2人の子供を
池に引き込んでしまいました
2人の子供の遺骸も見つけられず
甘利氏は大いに怒って
汚物を池に投げ
池の周りに生えていた
さわらの木を切り倒して
池を埋めてしまいました
大蛇は居たたまらずに
池を飛び出し
赤牛に化けて
甘利山山頂の奥にある
大笹池に
身を隠しました
けれども
この池も追われ
南アルプス市の野牛島にある
能蔵池に逃れ
その消息を絶ちました
以来
この池を
さわら池と呼ぶようになりました
大蛇は出ませんが.....................................
またかよ
って感じ




















