おじいさん
11月6日 おじいさんが帰らぬ人となって早いもので7日間が過ぎた。
いつもそこにいる人がいなくなった、その空虚感をひしひしと感じる。
遺影の写真が不思議な感じさえする。
数え年で92歳。
大往生といって間違いはないが、おじいさんはいつまでもいなくならない人だと思っていた。
祖母や年老いた近所の老人たちが、「長生きしすぎた、いつ逝ってもいい。」と冗談めかして
つぶやく中、おじいさんの口からはそんなセリフを聞いたことは一度もなかった。
今思えば天命に身を任せ、人に架せられた生きるという使命を最後まで一生懸命に
突き進もうとしていたのだと思う。
義理人情に厚く、曲がった事が嫌いで困っている人には損得を考えずに手を差し伸べる人だった。
よくある親戚通しの些細なもめごとや、諍いもおじいさんがいれば
いつもまるく収まってきた。「和をもって正となす。」まさにその言葉がぴったりだ。
92年間という時間はたくさんの汗と涙と笑いであふれていたことだろう。
人として大切な事の多くをおじいさんから学んだ。
おじいさんの孫であることを誇りに思うよ。
どうかやすらかにお眠りください。
そして遠くで家族みんなの幸せを見守っていてください。
長い間本当にありがとう。
介護って。
先月満91歳になったばかりのおじいさん。
8月の結婚式では声を張り上げて「さんさ時雨」を3番までアカペラで唄ってくれた。
痛がっていた腰の調子がいいから、温泉にでも行こうかと言っていた矢先の出来事。
風邪などで寝込んでもせいぜい長くて5日ぐらいだったのに。。。
今回はどうやらいつもとは様子が違う。
転んだと言って寝込んでからはや二週間。
借りてきた介護ベット。
あんなに嫌がっていたおむつ。
すっかり家をあけられなくなってしまった母を少しだけ解放してあげようと
今日は実家で留守番をかってでた。
ほんの数時間の事だけど、介護ってこれほどまでに大変なんだってつくづく実感。
おむつを替えようにも、
自分で体を持ち上げることもできず、
少しでも体を動かすと痛がって大変だし。
どうしたらいいのか分からなくなってしまうよね。
お見舞いにきていた弟と二人で力を合わせても、満足におむつ替えさえできないなんて。。。
朝の8:30と昼の13:00、30分づつヘルパーさんを頼んだとのこと。
でも夜は、家の者で対応とのこと、そのほとんどは母になるだろう。
介護。
これから先、だれしもが関わる避けて通れない問題。
どうやったら、介護する側もされる側も楽に負担がすくなく過ごせるのだろう。
自分の家庭をもった今、
どうあがいても常にサポートすることはできないよな。
母が介護疲れで倒れてしまわないか、心底心配になった一日でした。
ご報告
突然ですが、昨日2011年6月26日大安吉日、入籍しました。
新しい姓は、もちろんSugarになりました![]()
彼と出会って約1年10カ月、
病気の事や今年3月11日に起きた東日本大震災等々いろいろな事がありました。
全て一人では乗り越えられなかった事も、
二人一緒だったので乗り越えられたんだと今あらためて思います。
強くて温かい笑いの絶えない家庭を築いていけるようがんばります。
それには、いつも遠くで、近くで励ましてくれるみんなの存在がなくてはなりません。
二人が一緒にいるのを喜んでくれるそんなみんなの顔が思い浮かびます![]()
是非是非、今後ともよろしくお願いします。
ということで、なぜに今この時間に会社員の私がこうやってブログを書けているかというと。。。
震災発生後から、仕事の合間を見て、
引越やお世話になった友達との飲み会から、
両家顔合わせに、挙式の段取り等々、
バタバタで疲れが溜まっていたのか、昨日のめでたい日に「膀胱炎」で、急患診療を受ける羽目に。
これまた、健康だけが自慢の私にとってはかなりショックだったけど、
さすがにこうなると笑うしかない。。。。
この先のSugar家の珍道中が想像できますわ。
というわけで、今日は大事をとって会社はお休み。
(金曜日に、電撃入籍ニュースを流したばっかりやったのにぃ~、なんだか情けない
)
昨晩のディナーは、記念のシャンパンを目の前に
ポカリスエットと彼お得意のかに雑炊、金目鯛の煮つけで乾杯なのでした。
もちろん、今週は休肝日となりま~す。
ではでは、まずはご報告でした。
ビッグスマイル
Sugarちゃんの仕事の関係で、先週の土曜日、ひまわりの種をまきました。
ひまわりの丘がある地元三本木の町づくり協議会で密かにたちあがった「セントひまわりプロジェクト」。
ひまわりの花を咲かせ被災地のひとつである石巻に届けようというのです。
今回まいた種の品種は、その名も「ビッグスマイル!」。
ステキでしょう!?
ひまわりは私も昔から大好きな花の一つです。
なんとなく、強くて、明るく、一生懸命。
太陽に向かってまっすぐ咲くひまわりに何度も励まされた経験があります。
ひまわりの花言葉には「ずっとあなたを想いつづけます。」というものがあり、
鎮魂の思いも伝えられるのではないかと想います。
被災地に花、それもひまわりなんて不謹慎ではないだろうか。
そんな思いもあったようですが、私個人的にはこう思います。
一生懸命咲いている花をみて、
喜ぶ子供達、
その子供達を見て喜ぶ大人達。
励まされる人はいても、綺麗な花を見て怒る人悲しむ人はいない。
すぐそばにいて、何かしたくてもなにもできない。
何をしたらいいかわからない。
そんな私達にもできることがあるんだとまた感じることができた1日でした。
にしても1,000ポッド以上の土の入れ込みと、種植え、ポットの運び込みと、
久々に身体を動かした感が。。。
皆様、お疲れ様でした。
二日後にきた腰痛は、その賜物でしょう。。。
認めたくないケド。。。
どうか、雨にも負けず風にもまけず、ちゃんとたくましい花をさかせて欲しいと祈るのみです。
ひそかに遠方にいる知人にも、種をばら撒こうとたくらんでいる私。
その種を受け取った日からあなたもこのプロジェクトの一員です。。。
心が温かくなる話
先週21日の土曜日、やっと私も誰かの為に役にたつことができました。
というよりは逆に自分にも何かできたと、安堵感をもらう機会をもらったのかも。
3月11日以来、何かしたい、何ができるだろう、
何かしなければと思いつつ自分の生活を立て直す事でいっぱいいっぱいだった私。
昨日は地元の法人会の皆様のご意向で父が勤める授産施設の提供する食事を
ボランティアの方に振る舞うというボランティアの応援に参加させてもらいました。
私の家の近くに昔からよく行く
施設があり、
震災後久しぶりに行った時に近接する野外広場に複数のテントが立てられていました。
そのテントの数は日増しに増えていき、
そこには「災害援助ボランティア NPO法人オンザロード」という看板が。
災害から2ヶ月以上たった今もその数は減ることなく、
一体この人達は何をしている人達なんだろうとネットで調べ
いつか私も一緒にと思った矢先の事だった。
夕方仮設のテントを張り、ボランティアのみんなが被災地から帰って来たところに温かい夕飯の提供。
地元の食材を使ったお弁当に温かいご飯、
施設の名物である焼きたての餃子に、
はっと汁、
地元でとれた山菜こごみとこしあぶらをその場で天麩羅にして。
団体の詳細はこちらへ。
ボランティアの皆さんは20代~30代前半の全国各地から来た若いみなさんで、
1人で参加している方がほとんどのようでした。
1ヶ月以上もいる人もいれば、平日は仕事があるため週末だけ日帰りでわざわざ関東方面から来る人もいるとのこと。
近くにいて何もできない私のような人がたくさんいるなか、実際に参加している皆さんの行動力には脱帽です。
帰ってきた皆さんに「お疲れ様です」と声をかけ、私が一番気になっていた事を聞いてみた。
そうそれは、その人自身の仕事の事。
自ら仕事を辞めてきた人。
たまたま仕事探しをしている時に、この災害がおきてこっちにきた人。
仕事を休んできた人。
学生さんばかりかと思っていたら、以外にも社会人が多くびっくり。
都会にいたらきっとヒールをはいて、流行の服をきているんだろうな。
ロンゲで一見チャライ感じで、絶対サラリーマンじゃないよな。
でも、みーんないい顔してた。
今の若者は挨拶できない?
そんな事言ったの誰?
今の若者は常識知らず?
でも、常識って何?
今の若者は集団行動できない?
そりゃ、目的が同じじゃなきゃまとまれないでしょ。
みんな大きな声で、何度「ありがとうございます!」、「嬉しい~」、「美味しかったです」、「ご馳走様でした!」と言ってくれた事か!しかも、満面の笑みを浮かべて。
中には、突然「嬉しい」と泣き出した子までいて。。
自分が必要とされていること。自分にもできる事があると実感すること。ありがとうという本当の言葉の意味。
いつも言われる側からいう側に回って、またあらためて感じることもあるんだろう。。
私も彼女の気持ちと私の気持ちが一瞬繋がったきがして思わず一緒に泣いてしまった。
このビレッジ。6月の下旬までの予定とのこと。
近いうちに私も彼らと一緒に石巻に行こうと思う。
今九州辺りを北上している台風は
昨日からこの辺にも雨を降らせている。
みんな野外で大丈夫かな。
これ以上の災害はもういいよ。
どうか優しくお願いします。
台風様。

