先日この記事 に書いた通り、俺がカミングアウトしている友人は、特別仲の良かった2人だけで、他の友人たちや当時の同級生たちには何も話していない。そして、その友人たちや同級生たちは、何も言わずとも自然と分かってくれているようだと書いた。
今年に入り、某SNSで再会を果たした中学時代の友人のうちの一人と飲みに行くこととなった。
彼とは友人だが特別仲が良かったわけではなく、カミングアウトももちろんしていない。
きちんと会うのは中学を卒業して以来だ。
お互い成長に伴う変化はもちろんあるだろうが、特に俺はホルモン治療による変化もある。声は変わり、髭も生やしている。
この姿を見て、彼はどう思うだろうか。やはり変人、気持ち悪い、などと思うだろうか。不安だったが、会った瞬間にそんな不安はかき消された。俺の声を聞いてもこの姿を見ても、何も突っ込んでこないのだ。全くもって普通の再会だった。
酒を飲み始め少し経ったところで、彼があまりにもなにも突っ込んでこないので俺は気になって逆に聞いてみた。何も思わないのか、聞きたいことはないのか、と。すると彼は言った。
「だってそんなこと関係ないやろ!」
「中学時代の友達と再会し、酒を飲んでる。ただそれだけのこと。」
と。
彼はそれ以上何も言わなかったし、俺もそれ以上聞くのはやめた。たった一言だが、俺は彼のその言葉に救われた。こうやって再会できたことだし、住んでいるところも近いし、これからはガンガン飲みに行こうぜとまで言ってくれたのだ。
この話は彼だけに限ったことではない。
他の久しぶりに再会する友人たち、男友達も女友達もみんな同様だった。何も突っ込んでこない。彼らが性同一性障害というものを知っているか知らないかは分からないし、知っていたとしてもそれがどういうものかを理解しているかどうかは分からない。俺がその当事者だということを分かっているかどうかも分からない。
それでも普通に接してくれる。
特に男友達とは、中学時代誰が一番かわいかったかだとか実は誰々のことが好きだっただとか、そんな他愛のない話で盛り上がったりもする。
とても嬉しく、そして救われた出来事だった。