いわれのない期待。これは何を根拠にもって期待をしているのか。いや、一種の錯覚かもしれない。この期待は、自己欺瞞であって、何か他の感情や経験 側に基づく感覚かもしれないし、その兆しを見つめられただけで我々のこの高揚をいいお供のように携えている。期待は願望のようではないか。 そういった願望は諦めにも似ている。そういった採算が取れない時に行う、理想という名の脆き楼閣の構築。一回躓くとそれは絶望の淵にいとも簡単に没する程に脆い。