春の息吹が、古びた書店の隅々にも届いていた。僕は、ふとした瞬間に聞こえてきた、青年の優しい声に思いを馳せていた。

 

 

 

 

 

「気にしないでください」と、彼は言った。その言葉は、何故だか心の奥深くに残っている。いつ聞いたのか、どんな状況だったのか、詳細は霧の中だ。

 

 青年の顔を思い浮かべようとするが、霞がかった旧友のように、はっきりしない。だがその声は、温かい春の日差しのように、心に柔らかい安堵をもたらしてくれる。

 

 忙しい日々の中で、誰かが困っている時に差し伸べられた手。それはもしかすると、小さな慰めかもしれない。でも、その一瞬のやり取りが、僕の人生にとって大切なものだったことだけは、確かに感じることができた。

 

 なじみの書店の店内を彷徨いながら、その声がどこから来たのか、そのシーンを探してみる。しかし、本のページをめくる音だけが響く。結局、青年の面影は曖昧なままだ。

 

 

それでも僕は、その声が誰のものか、何を慰めてくれたのかはわからないままでも、心に残る温もりを大切に感じ続ける。

 

 時折、人混みの中や、電車の揺れる中で、その声が耳に届くことがある。それはまるで時空を超えたメッセージのようだ。僕はその度に、立ち止まっては深く呼吸をし、忘れていた優しさを思い出す。

 

 青年の言葉が僕に教えてくれたのは、人は時として忘れ去られた優しさの中でさえも、力を見いだすことができるということだ。僕らは皆、人知れず誰かに支えられ、生きている。それが見知らぬ誰かであろうとも、その存在は確かなものとして僕の中に生き続ける。

 

 そんな思いを胸に、僕は今日もその声を探し続ける。いつかその青年に再び会えたら、「ありがとう」と伝えたい。あの日、あなたの言葉が僕の心に灯をともしてくれたから。