毎度ながらご無沙汰にござる!
いかがお過ごしか?(^_^)

いきなりではありまするが今日はですな、、、最後の挨拶に参り申したのでござるよ。うむ。
まあ、滅多に声を掛けぬ故に居らぬも同然とはいえ、やはり形だけはしておかねばと。。。(^^;;


振り返れば長き年月、ここで楽しゅう過ごさせて頂き申した。
いやはや、それを思うと感慨深きものにござりまするなぁ。。。
皆様方にも有難いお言葉を多々頂戴し、ほんに感謝の一言に尽きまする。
改めて、お世話になり申した。(礼)


恥ずかしながら、当初この場に登場したは「我が身の不満を訴える為」にござりました。
それに多々のお言葉を頂き、今では完全に納得しておりまする。
まあ振り返るまでもなく、当時は随分見苦しく悩んで居り申したがな!はっはっは!(苦笑)


おぉ!そうじゃ!
出立前に一つ、土産を置いてからでも参ろうか。うむ。
まあ、拙者が得た奥義ではありまするが、同じ悩みを持って居られる方の役にも立ちましょうぞ。(^_^)



実は拙者、ご存知の方も居られましょうが、「性同一性障害」なる病を持病としておりまする。
これは我が身の性別が逆であると信じて居る心の病にござる。
拙者は何とかしてこの病を治そうと四苦八苦したものの、、、これは治りませぬ。(笑)
この病、今では「心が逆なら、体を逆にしてしまえ」という治療が専らにござる。
これまた面白き治療よのぅ!(苦笑)
しかしながら拙者、多くのお言葉を頂き、拙き頭を痛めながらも内観と観察を続け、この奥義を得た次第。


まずは冷静にお聞き下され。。。


やはり「性同一性障害」は治りませぬ。
何故か?
それが原因では無いからにござる。
簡単な事にござる。(笑)


で、その原因は大きく三つあり申す。
それらの原因から「我が身の性別が逆に思われる」という症状が出るまでの事。
なので、その「原因」を納めねば症状は治まる事も緩和する事もありませぬ。
これもまた簡単な事。。。
考えてもみなされ!そうであろう?
そこに雑草が生えるは、そこに雑草の「種」が有るからにござる。
まして、その雑草に鑑賞花など継いだところで、所詮「雑草」でござる。(苦笑)


その原因は大きく三つ。
・幼少時からの生育中に心を病ましたる者。
・人格に障害ある者。
・自閉傾向を持つ者。
に、ござる。


一番目は西洋ではアダルトチルドレンとか言うそうな。
家庭として成り立って居らぬ家で育ち、心に傷を持ったまま大人になった者の事にござる。
その後二つは読んで字の如しにござる。(笑)
また、これら三つの原因の全てには「自信喪失」が伴いまする。
これが勘所にござる。


一番目の原因から発するは、自信喪失からの「存在の宣伝」にござる。
二番目の原因から発するは、自信喪失からの「自己肯定」にござる。
三番目の原因から発するは、自信喪失からの「環境逃避」にござる。


さて、我が身を振り返られよ!
どうでござるか?
これを「内観の機会」とするも「我が身への攻撃」と受け取るも、自分次第にござる。(^_^)
この奥義をして我が身を振り返り、原因に対処する事でその珍しき「症状」も緩和されまする。


もう自分探しの旅も終わりに致しましょうぞ。。。
自分の臍を覗き込むばかりでは、ましてや、他に助けを求めてばかりで答えが出る事はありませぬ。
他人の言葉を信じぬ者が表面の言葉をさらって「分かったつもりになる事」と「我が頭で考え理解する事」は別物でござる。(苦笑)
自分に辛き部分を避けるは、単なる甘えにござる。


まず、他人の目を基準にした「自己実現」という愚かな目標こそが的外れにはござりますまいか?
他人は所詮、他人。
それぞれの者のそれぞれの時の気分で物事はどのようにも見え、どのようにも考えられまする。
その責任無き移ろい行く基準を持つ他人に自分をゆだねまするのか?
その事、今一度しっかと考えてくだされ!(苦笑)


また、己が異なる性の傾向を持つ事を根拠にして、それは意味が有り申すのか?
世の男子が全て勇ましく、世の女子が全ておしとやかではありますまい?(苦笑)
それはただの「傾向」にござる。
そんな大雑把な傾向を根拠にするは、実は別に理由が有るとは考えられませぬか?
どうでござろうか???


まあ良し。
では、努力の結果、我が身が他人から見ても異性に見えるようになったとしよう。
勿論、憧れの異性の体での青春を謳歌されるのも一興。
で?その後は?
寂しさを癒し、楽を得るが為に相方を捕まえまするのか?
またその相方に逃げられぬよう、もしくは新しき相方を探す為に身を飾り立てまするのか?
しかし、老いには勝てまい?どう致しまする?(笑)
努力すべきは自分探しや身を飾る事ではなく、自分を受け入れ感謝する事にござる。
その事こそ幸せへの道にござる。(^_^)


さて!拙者はこれにて退散致すとしようか!
当然ながら我が奥義には五月蝿き異論もあろうし。(苦笑)
まあ、心ある方は我が身を振り返り、これを叩き台にしてそれぞれの奥義をお極めくだされ。

拙者はただただ、世の皆がいつも笑顔で居て欲しいだけにござる。(^_^)
ほれ、ぐずぐずしておると前も見ぬ輩の自慰に付き合わされてもかなわんのでな!あっはっは!(笑)


そうそう!しつこきながらも、これからも相手を思いやり、感謝の念を忘れる事の無きよう心しておいてくだされよ!!!
この世は因果こそが「理」にござる故。。。
またこの因果にて、お互いまたどこかでお会いする事にもなろうしな!(^_^)


では、さらばにござる!!!(^_^)



おぉ!そうじゃ!
拙者への恋文と心付けはいつでも歓迎にござるでな!はっはっは!(おい)

気づけばもう秋にござるなぁ。。。

このように季節の移り変わりが早ければ、体がようついて行かれませぬな。(苦笑)


実のところ拙者、書店にて徘徊するを密かな楽しみにしておりまする。

やはり秋は読書にござるよ。うむ。(^_^)

まあ、季節は関係なく書店巡りはしておりまするがな。ははは!

こうして毎度目に付く書物を片っ端から手に取りまするが、これまた「その時に必要であろう心得」が良ぅ目につくものにござる。(苦笑)


今回、目に付いたは「未熟なる心を成長させよ」という内容の書物にござったよ。うむ。

一瞬は「むむっ!」っと逆上しそうになったのをぐっと堪えて。(笑)

世には齢関係無く、いまだ精神幼き「愛されている事に気づけない」者が多いそうな。。。

それに対し「そのような者は普段から感謝する練習をせよ」との事。

書き方は気に入らねど、「これは一理あろうぞ。」と唸った次第。


世の根源は「理」で回っておりまする。

その「理」とは因果の事にござる。

有象無象の原因が絡まり、その結果がまた原因として回りつづけているのが世の中でござる。

なんと簡単なものにござろうか!(笑)


ただ、この因果を善き様に回す種こそ「感謝」にござる。

この因果を悪しき様に回す種こそ「欲」にござる。

世に溢れる「人生の指針」はたったその一言に集約されておりまする。。。

噛み砕けば、「次の瞬間を満足して生きようと思えば、今を感謝すれば良いだけ」にござるよ。うむ。

何と言うても、物や見栄えでは真の満足は得られまい?

全ては心次第にござるよ。うむ。

さる天の小さき星に住まう皇子も「大事なものは目には見えない」と仰られておりまするでな!(笑)


お互い、これからも目に見えぬ心がけをば致しましょうぞ!(^_^)

いやいや、毎度の事ご無沙汰にござる!

それにしても暖かくなり申したな!
冬が終わればまた春が来るのも道理とはいえ、ありがたいものにござる。うむ。
しかしながら、このような季節の変わり目とならば何かと新しき事での環境の変化がありまする。
性根弱き者にはなおさら厳しきものに感じられましょうぞ。(苦笑)
しかしながらですな、、、誰も助けてはくれませぬ。
まこと、毎度の事冷たき発言にはござるがな!はっはっは!(笑)

まず念頭に置くべきは、優しき声を掛けるは「自らに優しき声を欲する者」の、単に催促にござるよ。
よって、優しき言葉に流されぬ強い意志が必要にござる。うむ。
よう考えてみなされ!誰も他人の心内など理解は出来ますまい?
ましてや、仮想空間に於いてなどは自分自身が苦しゅうて彷徨っておる相手同士ぞ?
傷舐めあうはよろしいが、互いに膿んでは仕方あるまい。(苦笑)

世は因果で回っておりまする。
ケチは小金を誰にも蒔かぬ故、結局、ケチにならざるを得ないのでござる。
さらに言えば、「真の愛情」が欲しければ、真の愛情を植え育てねば「愛情」という果実は実りませぬ。
そうであろう?
今まで、蒔かぬ種が生えた経験が有り申したか?
真の愛情を欲して小金を蒔いたとて、生える樹木に「望む果実」が付く事はありませぬ。
もし「有った」というへそ曲がりが居たとて、後でさらに利子を付けて代償を払って居られようぞ。はっはっは!(笑)
そもそも「我が意」ではなく、まずは相手を思いやる事こそ人の務めにござるよ。うむ。(頷)

性根据え、お互いまたこの季節を踏ん張って乗り切りましょうぞ!(^_^)
朝晩が涼しうなってきましたな。うむ。
秋でござりまするなぁ。。。
暑い盛りは「早う暑さが収まれば、、、」とは思うておったものの、いざ暑さも収まると寂しいものでござる。(苦笑)

が、さて!
秋は何より食欲の秋でござる。
これからの季節は秋刀魚も旨いし、秋の実りはどれも美味しうござりまする。(^_^)
実は拙者、その中でも滅法「栗」が好きでござってな。ははは。(笑)
いやいや、ここでこうやって書いておるのは別に要求してる訳ではござらんので、お気にされまするな!
、、、。
いやまあ、是非にと言われれば無粋に断りもしませぬが。(おい)

そうそう!それと秋は肌寒うなりまするのでツマラヌ輩にご注意くだされよ?
肌寂しう感じる時ほど注意が必要にござる。うむ。
何しろツマラヌ輩はそういう「隙」を突くのが上手いのでな!
忘れてはいけないのは「何事でも欲を満たすには代償が必要」な事でござるよ。うむ。

古来より悪意ある輩は「愛」か「銭」か「得」を餌に使い、隙を突くものでござる。
しかしながら、代償を求める愛など愛ではござりませぬ。
それに労に値せぬ銭や物品は違う労にて払う事になるのも道理。
世に慈善家は居りませぬ。(笑)
真の慈善家は、誰の目にもつかぬ所で見返りを考えず努力されておるからこそ慈善家なのでござる。
その真の慈善家の行いこそが「愛」なる言葉にござろうよ。うむ。(^_^)

あぁ、そう言えば昨今では「愛」は媾合いをする為の呪文に落しめられてしもうておりまするなぁ!(苦笑)
「愛情」とて、「猫可愛いがりする事」と。。。
大体、「~をしてあげたい」というのは愛ではなく、単なる思い上がりにござる。
「こちらを向いて欲しい」が故に相手に何かをしているだけにござるのでな!(笑)
寂しいとてこういう鍍金の「愛」に飛びつくは愚かなる事にござる故、身を引き締めてご注意なされよ。。。(苦笑)

もし思い上がりたき時には、、、栗菓子でお願い申す。(おい)
いやいや、ほんにご無沙汰にござる!(笑)
皆様も息災にござりまするか?
拙者も毎日を忙しゅうしとるもので、つい。。。(苦笑)
何しろ梅雨時に御座りまするのでな、傘張りの注文が多うて困りまするわ。はっはっは!
あ、いや、、、拙者は武士故、断じて傘張りは副業にござる。うむ。(頷)

さておき、実はこの場での存在も丸三年とあい成り申した。
以前の文体の違う日記は外部からは見えぬようにしておりまするが、早いものにござる。(^_^)
当初は未熟者故なかなかに迷い事ばかりを書き綴っておったものの、ここまで性根を持ち直し申した。
これも皆、拙者の人徳の致す所と。。。(おい)
ま、冗談はさておき(笑)、これも皆様方のおかげの一言に尽き申す。
心底からのお礼、申し上げ奉る。(礼)

いやはや、それにしても三年にござるぞ!
早きものにござるのぅ。。。(遠い目)
この場でも多くの方と知り合い、またすれ違って行き申した。
全ての人は皆旅人と申せども去り行くは寂しくもあり、また新たな出会いが嬉しい毎日にござる。
しかしながら例え今は共に歩めども、またそれぞれの目的地が違う事でいずれ別れ行くのも道理。
これからもそのような時には互いに笑顔で手を振り合いたいものにござりまするな!(^_^)

それにしても過去に親交のあった方々や迷いの只中にあった方は我が道を得られたでござろうか?
今は音信不通となられても笑顔で生きておられようか?
拙者は其がいつも気がかりにござる。
まあ、忘れられた者に心配されておっても本人は気づく事は無かろうが、いつかそんな思いだけは回りまわって笑顔として届いて欲しいと願っており申す。(^_^)

いやはや、振り返ると拙者は今まで他人に厳しゅうござった。
「前を見よ!」、「下を向くな!」と厳しい事!厳しい事!(苦笑)
しかしながら其れこそが去り行く者を増やしていた原因にござろうのぅ。。。
かと言って考えを改める事は致しませぬがな!はっはっは!(笑)

が、、、今後はこの三年を機に「前を見る為」に「顔を上げよ」と噛み砕いて言霊を発すべきと決意致した。
之は良く言われる「褒めて伸ばす」という考えにも通ずると愚考した次第。。。
当然、「拙者が皆の指導をば、、、」と天狗の如きの自惚れで言う事ではござらん。
普段からの心構えにござる。
やはり相手の理解が出来てこその「表現」にござろうぞ。うむ。
ま、実は正直に申すと、こうやって書き残しておかねば拙者はつい忘れるのでな!あっはっは!(大笑)

世に敵は居りませぬ。
敵と思うは我が欲から出た幻にござる。
幻を追いかけようが、打ちのめそうが、単に滑稽な一人相撲にござる。
今得られたものは過去の自らの努力の分にござる。
得られぬものは過去に自らが努力しておらなんだ分にござる。
これからも幻を追いかけて一人相撲で労力を無駄に失われませぬよう、お互い冷静な目を持って生きましょうぞ!(^_^)

で、拙者が脱線しておらばご指摘頂けると嬉しゅうござりまする。(^^;;
明けましておめでとうござりまする!
今年もどうぞよろしくお願い致しまする。<(_ _)>

いやはや、昨年は景気厳しき一年にござりましたな!
が、今年はさらに厳しき一年であろうとの事。
やれやれ、容赦無いのぅ。。。
しかしながら嘆いていても何も始まりませぬ。(苦笑)

人間誰しも寿命がござる。
その道中に他人と比べての勝ち負けなど気にする必要はありませぬ。
自らの歩む道が無ければ斬り開けば良し。
歩んだ後の足跡こそが己の道にござる。
よってこの今の瞬間に息絶えたとて、納得し得るよう心がけたいものにござる。うむ。

この厳しき世、もはや人の目を気にする余裕もござらん。
いかに生き延びるかを念頭に置かねばなりませぬ。
がしかし隙有らばとて、他人の隙につけ入るような事は決してしてはいけませぬ。
其は自らの業を深めるばかり。。。
このような自らを騙すような言い訳ではなく、人は信念と愛を根本に置いて生きねばなりませぬ。
この事こそ人として生まれた意味にござろう?
それを改めて性根に据え、今年もしっかと気合をば入れて毎日を歩もうではござりませぬか!

いざ、出陣にござる!(^_^)
心とは難儀なる物にござる。
移ろい、定まらぬのが人の心であるからにして。。。
しかしまあ、「その定まらぬ心」とは単に「欲」でしかあり申さぬ。
他人に良く見られたい、楽がしたい、良い気分になりたい、、、だけの事にござる。
ほんに、ツマラヌ心にござるよ。うむ。(苦笑)

大体に於いて、「欲」に振り回され易いのは「他人の目」を気にする御仁にござる。
昨今ではそれを煽る事こそ「宣伝」になり申す。
欲を刺激され、つい無駄なる出費がかさむようになるのが今の時代にござる。
さらには本来の生活が窮するまでになる者まで出ているには心が痛むばかり。。。

これは全て資本主義という奇麗事なる言葉で説明され、猪口才なる「個性」などの言葉を使って欲を誘導致しまする。
本来「個性」とは個人から滲み出るモノであって、他人の目を気にして金で買うものにはござりませぬ。
がしかし、性根が揺らいでいる者はそれに飛び付き無個性な輩が量産されるのが現実にござる。
まあ、苦笑いするしかござらんが。。。

しかしながら、他人は「外見」のみを評価の対象にはしておりませぬぞ?
確かに初対面では外見をも評価の対象にして居ろう。
しかしいくら見目麗しうても、人は性根こそが評価の対象にござる。
そもそも、お主がそうではござらぬか?
周囲には「自らに都合の良い人」ばかりを好む者も居ろうが、それこそ「そのような者の性根」こそが腐っておりまする。
そのような者に評価されずとも、自らが胸張って正真正銘だと思う道を歩く事こそ「個性」にござる。
いちいちそのような者の評価に振り回されるのも滑稽にござろうぞ!(笑)

また「個性」とは宣言したり、明らかなる表現や他人に説明したりするものにはござらぬぞ?
それは「個性」という言葉を借りての「言い訳」に過ぎませぬ。
言い訳せねばならぬ個性など、本末転倒にござろう?(苦笑)
生きる上で移ろい行く自分を律し、逃げる事無く真剣に前を見続ける事こそ肝要にござる。
またそれで余裕が出来れば、横に居る難儀をされている者に手を差し伸べれば良かろう。(ニッコリ)
この事を是非、得心して頂きとうござりまする。

これから寒い季節になり申すが、つまらぬ欲に振り回され暖かき心まで冷さぬようご注意くだされよ。。。
いやいや!今年の夏も暑うござりましたな!
夏が暑いのは道理とはいえ、ただ「暑い」というだけで一手間増える故、拙者も大層忙しい思いをさせて頂き申した。(大笑)
でまあ、ここ数日からやっと涼しうなってきて一息ついた次第にござるよ。うむ。
いやはや、なんと行ってもやはり寄る年波には勝てませぬわい。。。(苦笑)

実は拙者、合間の時間を見つけては小物を作るのを趣味としておりまする。
がしかし、こう毎日バタバタと過ごしておればなかなかそういう訳にもいかず。。。
しかしまたこれからも涼しうなっていくものでもあろうし、ちとまた何か作って楽しもうと思う今日この頃にござりまする。うむ。(ニッコリ)

そうそう!涼しうなったと喜んでばかりいてはいけませぬぞ!
心身弱き者は特に注意にござる。
体の古傷や心の傷の痛みがぶり返すのもこんな季節からにござるのでな!
まあ観ておられよ、これから多くの方の公開日記には泣き言が増える事になりまする。(苦笑)
また「自分探し」をし始める者も増えまする故、そんな輩からは距離を置いて充分にご注意くださりませ。うむ。

、、、。

まあ、毎度ながら蛇足ではありまするが、「自分探し」などと言い出す輩が「自分」を見つける事など決して出来ませぬ。
それらは全て「他人の目から見た理想的な自分」が探したいばかりにござる。
そのような「心地良い言葉の響き」に騙されてはいけませぬ。
そんな事は「他人から良く見られたい」ばかりで、日々の地道な努力などしたくない者がする事にござる。
まあ努力していようとも、その努力の方向も「他人の目」が基準にござる。
よってそんな目的に達したとて「自分」は他人の目の中にしか無く、本人は空虚に加齢していくのみにござる。

また、その様な者はそれに自ら気付かねばその場からは脱せぬ故、そんな「気付かぬ者」を助けようと近づくのは愚かなる事にござるぞ?
その「助け」は自分の持つ甘えの投影でしかござらぬ。
拙者は思うに、様々な場所で頭を打って学習し、それに気付くのを「待ち続ける」のが本当の「助け」であり「優しさ」にござろうよ。うむ。(ニッコリ)

人間とはいざとなれば滅法強いものにござろう?
よって、悲鳴をあげるたびに右往左往して答えてやる必要はありませぬ。
それを続ければ「悲鳴をあげる事で救いの手が、、、」と勘違いを起こすのが関の山。
そんな「逃げの正当化」こそがその者にとっての諸悪の根源にござる。
何事も、自らの身を以って学び歩んでゆくしかないのでござるよ。。。
最終の「逃げ」として自殺もありまするが、それさえも決して「逃げきれる」ものではござらんのでな!はっはっは!(笑)

蛇足ついでに、人肌恋しうなったとて手軽な所に手を出してはいけませぬぞ?
古来より「焦る乞食は、、、」でござる。(笑)
一時の温もりを得たとて、長き反省の時を費やすは本意ではなかろう?
どうせ得るなら「真」を得るの事こそ得策にござる。うむ。

ささ!甘えず緩まず、共に性根据えてしっかと生きましょうぞ!(ニッコリ)
いやはや!もう彼是ここでの存在も二年を越えましたぞ!
改題して日が浅いとはいえ、多くの方々の長きに渡ってのお付き合いに感謝しておりまする。
再度、お礼を申し上げる。<(_ _)>

思い起こせば当初は日々の愚痴ばかりを書き、今思えば恥ずかしき事ばかりにござる。(苦笑)
しかしながらそれでも序々に人の繋がりが広がり、次第に快適なる場所に成るに到り、現在でもその幸せに浸って居りまする。
ここに籍を置き、個々の持つ視点、思考、哲学を以って拙者自らの立ち位置を客観的に見せて頂けたのが一番の収穫。
ほんに有り難き事にござる。

しかしその間、正直言ってなかなかに気に病む事も有り申した。
大体に於いて、このような場に籍を作り運営するというは胸の内に鬱憤がある者ばかりにござる。
その鬱憤を吐き出さんとし、もしくは自らを曝け出さんとして勇み足にて躓く方が多く居り申した。
そうしてそのような方はその場から立ち去られ申した。。。
一度去られると帰っては来られませぬ故、寂しい思いを致しまする。
基本的に去って行かれるとそれ以上の繋がりが無き故、再会は難しきもの。
拙者はこれが辛うござりまする。

人は皆、強きものにはござりませぬ。
しかしながら、前を向いて生きぬ者になってはいけませぬ。
人それぞれにその人の道があり、自らの道も見ない者が他人の道をどうこう言う事も必要もありませぬ。
また、他人に好きに言われたとて気にする必要もありませぬ。
余所見をせず、自らの道をまっすぐに見据えて歩くことこそ道理にござる。
これは鬱憤が溜まっていようと、病んで居ろうと、立場や環境にも一切関係はござりませぬ。
そうやって自らの選んだ道をしっかりと自らの足で歩く事で、また新たな道が見えるのでござる。

かといって、欲に惑わされ、それを自らの目的地に置くは愚かでござるぞ!
「欲」は枯れゆくモノ、朽ちるモノばかりにござろう?
苦難の道を経て、到着したるは朽ちたる目的地では情けなかろうぞ。(苦笑)

拙者は拙者の道を行く。
お主もしっかとお主の道を歩まれよ!
お互い歩む道は違えど、苦難の時には共に踏ん張り、そしてまた共に笑おうぞ!

いざ、至福なる時を共に。。。
今、拙者の多くの知り合いがそれぞれに戦うて居られまする。
その戦う相手が他人であったり、自分であったりと様々ではござるが。。。
当然、それぞれに助太刀致したき心情にはござりまするが、そうもいかぬのが正直な所にござる。
何しろかく言う拙者も戦うて居る身の上、それで手一杯にござる。(苦笑)

しかし、中には「幻」と戦っておる者も居られる。
その自らの作った「幻」を敵として刃をかざして居られまする。
しかしこれを討ち果たしたとて勝利はありませぬ。。。
「其は幻ぞ!」と叫べども聞く耳持たず、幻を作り続けて戦うて居られまする。
そうして誰にも見えぬ幻を討ち果たした後に振り返ると、今度は孤独との戦い。
そんな疲労困憊した姿を見るは辛きものにござりまする。。。

また自分と戦うて居られる方は真剣にて自らと戦うて居られまする。
ただ、その戦いを一切せぬ者の応援という雑音が邪魔を致しまする。
しかし体勢が崩れ、弱気になった際のその者等の「応援なる助言」は毒になりまする。
人は誰しも「楽」になりとうなるものとはいえ、目の前の「楽」に飛びつくは愚かなる事ではござるが。。。
しかし、そのような際に「逃げ口上」を教えるは鬼ぞ?
戦いの中に居られる方々は口に甘き毒を「薬」などとは思いませぬよう、是非にお気を付け頂きとうござりまする。
世の中、そのような万能の薬などありませぬ。

「戦う」とはえてして「体勢を整え、相手を吟味し、いかに敵を、、、」などと考えまするが、拙者は「踏ん張るのみ」と考えて居りまする。
世の常として、どんな強敵であろうとも必ず廃れるものにござる。
人間の敵であろうが、幻であろうが、自らの弱き心の部分であろうが。。。
よって、「あれが悪い、これが悪い」と何も理由を探す必要もございませぬ。
ただひたすらしっかと隙無く構え、足を踏ん張っておれば、必死に刃を振り回す事などせずともそのうちに勝手に相手は倒れてしまいまする。
ただ、この自らの足で「踏ん張る事」こそが戦いにござる。
隙無く居続けなくてはいかぬ辛さ、頼りたい楽がしたいという誘惑、不条理なる攻撃。。。
まあ、これらを凌ぐだけの話ではござるが、、、滅法辛き事にござる。(苦笑)

まあ当然これは拙者の自論であって、反論もござろう。
また、人の性格にて「そんな悠長な、、、」という方も居られよう。
しかし、これは拙者が今まで生きてきて学んだ結論にござる。
よって他にも多種多様なる方法はあろうが、これが一番簡単で、なおかつ一番の修行であると信じて居りまする。
これを実践し、幾度かの戦いを乗り越えた後に自らを振り返って頂けると、きっと過去には無かった強靭なる心になっている事に気づかれましょう。

辛き時、苦しき時はその怒りをも踏ん張る力に代えてくだされ。
逃げる口実を自らに与えてはいけませぬ。
逃げた後にいくら正当化しても、心底の所では後悔しか残りませぬ。。。
また、拙者は「逃げて楽になった者」も見た事がありませぬ。
逃げて楽になったと言うは口先ばかりの薄っぺらい輩のみ。
そんな虚勢を頼りにオヌシも生きていくつもりにござるか?
どうぞ、その場所で気張って踏ん張られよ!
拙者、心より応援致す。

拙者もまた、その姿にこそ奮起して踏ん張ろうぞ。。。