昨日は、会社の先輩の地元(都内・某所)で開催される祭りに参加しました。同期3人で、何と朝から神輿(みこし)担ぎのお手伝い!
はっぴ、ねじりハチマキ、短パン、足袋・・・。完璧な衣装に身をまとい、朝の10時から17時半までフル活動。途中5,6回休憩を挟みましたが、後半は想像以上にきつかったです。「ほいさ!ほいさ!」の掛け声で声もガラガラ。
現在は両肩が腫れ、全身がひどい筋肉痛。最近草野球の為に体を鍛えていたから良かったものの、1年前の私でしたら確実に途中リタイア。先輩によると、「普通は途中で交替しながらやるんだよ!ずっと担いでいる奴は初めて見た!」と笑われてしまいました。
同期のOと私のみ「完走」!最後は完全に意地でしたね。担いでいる途中に、高校時代に所属していたラグビー部のスクラムの練習を思い出しました。
途中で「担ぎ屋」のおじちゃんに、「お兄ちゃん腰が入ってないぜ!情けねぇ!」と指摘され、腹が立って「絶対に完走してやる!」という訳の分からない闘志を燃やしてしまいました。自分でも驚くぐらい相当な負けず嫌いに育ってしまったようです(笑)。
しかし1つ言い訳をさせていただくと、私の身長は178cm。参加者の中で背が2番目位に高かったと思います。今回の神輿に参加した方の平均身長は恐らく170センチを切っていたのではないでしょうか。小柄な方が多かったようです。つまり、私の身長の高さを維持しようとすると、私一人に数百キロの神輿の重さが一気にかかるし(肩が潰れそうになる位痛いです)、皆さんの高さに下げようとすると、殆んど中腰状態になります。だから、「腰が入っていない」状態になる訳です。そんな辛い条件下(笑)、私は見事完走いたしました!
一番背の高い方は180cm位でしたが、途中殆んど休んでました。私と同じ悩みを抱えていたのでしょう。だからこそ、私は完走する事に執念を燃やしたのです。同期のOも同様でした。ちなみにもう一人の同期M(本部婦人雑貨バイヤー)は私と同じ身長。しかし、彼は途中で膝を痛め、3分の1は担いでいません。情けねぇ。
そこで1つ提案。神輿を3つ用意し、担ぎの手の身長を基準に3つに区分します。Aを身長170センチ以下用、Bを身長170~175センチ用、Cを176センチ以上用に分けてはいかがでしょうか?多分却下されるでしょうけど。
最後に行なわれる「宮入れ」。神輿を神社に奉納する作業で、まさに祭りのクライマックス。たくさんのギャラリーが周囲を囲みます。さっきまで休憩してたくせに「美味しいとこ取り」をしようと、何故か急に担ぎ手が神輿に殺到!
同期のOと「俺達はこういう人を評価しない!」「ここまで運んできたのは俺たちだ!ばかやろう!」などと文句を言いながら、自分達の担ぎ場所を死守。もう一人の同期Mもヘロヘロになりながら、担ぎ手に参加。神輿に人が乗ったり、神楽が鳴り響いたり、歓声、怒号、拍手も聞える騒然とする中、なんとか無事に宮入れを終了。グタグタに疲れました。もう本当に、3人とも暫く全く口を聞けませんでした。
今回驚いたのは、「担ぎ屋」と呼ばれる、それを趣味(生業?)としている「本物系」のお兄様・お姉様たちが沢山いらしていたということ。それぞれお揃いのハッピを着て、10名前後のチームを編成し、地域住民でないにも関わらず、その祭りの為に参加するという方達です。明らかに昔ヤンチャをしていた方達で、「え?もしかして現在も?本物?」みたいなパンチ系のお兄様もたくさんいらしてました(笑)。確かに、担ぎ方、声の出し方、盛り上げ方は秀逸ですね。勉強になりました。
先輩によると
「昔は地域住民のつながりが深かった。だから、どいつもこいつも祭りには参加してたし、この神輿を担ぐことは誇りだっだよ。しかし今はどうだい?駅の周囲にはマンションが立ち並び、日頃から隣近所には我関せずさ。神輿を担ぐことも恥ずかしいと思っているに違いねぇ・・。地域の大切な祭りにも参加しない。ましてや、神社にお参りなんか行きやしない。だから仕方なく、今回はお前らと「担ぎ屋」さんのお力をお借りする事にしたんだよ。」とのこと。淋しそうに煙草を吹かしながら、先輩は江戸っ子が滅び行く現状を嘆いていました。
なるほど。確かにそう言われてみれば、祭りを応援したり、神輿が来る事を喜んでいたのは、商店街や古い住宅街の方達ばかり。新興住宅地の中を練り歩いたときは、迷惑そうな顔をしている人もいましたね。
しかし、私のような「ハマッコ」から言わせていただくと、地域住民に根ざした江戸のこのような文化は羨ましいです。私が生まれ育った横浜にはこのような本格的な祭りは存在しません。歴史が浅いですからね。
ただ神輿を担ぐつもりが、いろいろな事も勉強できたし、考えさせれました。この祭りは2年に1度だそうです。再来年も是非参加させていただこうと思っています。しかし、全身が痛いなぁ~!
追伸:やはり横浜生まれ・育ちの母親によると、昔は横浜(下町・臨海地区)でもこのような祭りは存在していたようです。今でも一部は残っているそうです。ちなみに私の母方の祖父(横浜生まれ・育ち)も若い頃はこのような祭り・神輿担ぎに参加し、夕方になると血だらけで帰ってきたそうです(笑)。祖父の血が、私にも流れているんですね。