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追憶の骨 (bones)

音楽や映像だけでは残せない、あの時の僕たち。

(NHKニュース 5月1日)

 

こんにちは、ボーンズ88です。

 

ザ・スターリンの遠藤ミチロウが亡くなりました。

 

 

確か、昨年の秋?冬?に、何かの記事で、僕は遠藤ミチロウがガンだということを知りました。すでにステージ4だったので、「これは厳しいかも…」なんて思っていたのを思いだします。

 

前回のブログで、僕は「クズジャップ」という表現を使いました。普段なら「エセ右翼」と書くのに、なぜか、その時は「クズジャップ」と書きたくなった…。

 

その「クズジャップ」という言葉の元は、もちろんこれ。

 

いきなりキツイの、いってみましょう。

 

STOP JAP / The Stalin 1982

 

オイラは悲しい日本人 西に東に文明乞食

北に南に侵略者 中央線は真っすぐだ

 

ほら、オマエの声聞くと

頭のテッペン 浮かれだし

見分けがつかずに やりだして

帝国主義者が そこらで顔を出す

 

オイラはいつでも愛国者 お国の事を考える

愛する母よ 愛する父よ

愛想が尽きても まだ尽きない

 

ほら、オマエの声聞くと

頭のテッペン 浮かれだし

見分けがつかずに やりだして

帝国主義者が そこらで泣き出した

 

オマエはいったい何人だ?

オマエはいったい何人だ?

オマエはいったい何人だ?

オマエはいったい何人だ?

 

ほら、オマエの声聞くと

頭のテッペン 浮かれだし

見分けがつかずに やりだして

帝国主義者が そこらで笑いだす

 

STOP JAP!  STOP JAP! 

STOP JAP!  STOP JAP! 

つぶしてしまえ つぶしてしまえ

STOP JAP!  STOP JAP! 

 

小僧の時代に聴いたザ・スターリンの歌詞はあまりに強烈で、学校や社会が、まさに反転して見える感じがした。

 

僕は、彼らがメジャーで出る前の、ある意味、最もピークだったすごいライブを実際に見ている。と言っても、あまりに怖い人が多すぎて、後ろで見てただけだけど…。(笑)

 

この当時のライブって、警備とかもいい加減で、すぐに客がステージ前に押し寄せて、パニック状態になることが多かった。

 

そんな状況に、多少は慣れてると思い込んでいた僕も、ザ・スターリンの、あの壮絶なライブは(あえて内容は書かないけど)、後ろで見ているしかなかった。

 

あの異常な状況は何だったんだろう…?

あの異常な熱気は何だったんだろう…?

あの異常な怒りは何だったんだろう…?

 

時々、あの時代を思い出して、そんなことを考える…。

 

それから少しして、パンクは、青春パンクみたいな、一般受けするつまらない音楽になってしまった。

 

「パンクバンドやってま~す!!」

 

… いや、そんなに簡単にパンクって、できないだろう…。

 

そう感じる僕は、時代遅れなのかもしれないが。

 

 

 §§§

 

 

追悼の曲はもちろん「ワルシャワの幻想」だ。

 

これ以外ない。

 

会場にサイレンが鳴り響き、ドラムが叩き出した瞬間から始まる、あのパニック状態を、僕は今も忘れることができない。

 

 

ワルシャワの幻想 / The Stalin 1981

 

オレの存在を 頭から輝かさせてくれ

オレの存在を 頭から輝かさせてくれ

 

オマエらの貧しさに オマエらの貧しさに

オマエらの貧しさに オマエらの貧しさに

乾杯!

 

メシ食わせろ メシ食わせろ

 

 

もう誰にも、あのパニック状態を再現することはできない。

 

遠藤ミチロウは、間違いなく最高のパフォーマーだった。

 

「令和バンザ~イ!」

「令和バンザ~イ!」

 

日本国中、頭のテッペンが浮かれだした令和初日

 

遠藤ミチロウ、死ス。

 

R. I. P.

 

 

<おわり>