こんばんは。
すっかり夏らしさが抜けて肌寒い日が続きますね。
大学の欅並木が秋色に染まって、今年もあと少しだなぁとしみじみとした気持ちになる今日この頃です。
秋の収穫はそれだけではなくて、昨日、今日ととってもお月様が綺麗で帰り道ほっこりとした気持ちになりました。
ひんやりとした空気の中でより一層輝いているような誇らしげなお月様でした。
話は変わりますが、何だかんだ就職活動に追われていて読書から離れていたここ最近。
久しぶりに読みたくなって、図書館でたくさん本を借りてきました。
何歳になっても、本屋さんや図書館で手に入れた新しい本を持って帰る帰り道がとってもワクワクする私です。
いつもはただただ長い通学時間も、本があるともっと乗っていたいと思うものです。
卒論も落ち着いたら、お気に入りの本を持って京都一人旅行きたいなぁ…
その頃にはベストシーズン過ぎてるだろうけれど…
なぜこんな話をしたかと言うと、今日読んでいた本の中で気になる文章を見つけたんです。
読んでいたのは、近藤史恵さんの「モップの精は深夜に現れる」という小説。
近藤さんは、「タルト・タタンの夢」を読んでから他の作品も読みたいな~と思っていて、今回やっと読むことが出来ました。
主人公がキリコという名前の女の子で、私は勝手にこの間までやっていたドラマの原作だと思っていたのですが(ABC-Zの戸塚くんが出ていた癒し屋キリコの約束)全然違いました。ちなみにドラマは気になっていたけれも、一度も見れなかった…
お話はキリコを中心とした短編集のような内容で、どれもよくまとまっていて面白かったです。で、気になった文章というのは4章目の「きみに会いたいと思うこと」の中の文章。
ふらりと大介(夫)の元を離れて旅をするキリコが、彼に向けて書いた手紙の中に「富士山、はじめて見た!」という文章があるんです。
今まで全然気にしていなかったのですが、富士山ってどこからでも見れるわけではないんだなぁと改めて気が付きました。
私は生まれてこの方何回か引っ越しはしたものの、基本的に関東で生活をしていて、そこそこ都心に近い所に住んでいたんです。このキリコもおそらく同じような生活を送っていたと思うんですが、それなのに富士山を初めて見たってどういう事だろう?と思ったんです。
というのも私が20年近く住んでいた家からはわりと綺麗に富士山を見ることが出来たし、旅行に行ってわざわざ見るものという意識は無かったんです。もちろん旅先で見たらテンションが上がるのは日本人の性ですが笑
でもハッと気が付いたんです。2年前に同じ市内の別の土地へ引っ越してから、私富士山見てない!
富士山が見えるのって実は限られた場所だけなのかも…!
そんな事を思っていたら、前の家での生活を思い出してちょっぴり切なくなりました。
あの頃の暮らしは豊かでないようで豊かだったのかも。
今の土地は駅からも近くて、都心にもアクセスしやすくて、駅前に食べ物屋さんも多くて、前よりずっと便利になったけれど…
一面畑の風景が広がる何にもないあの土地では、空にいつも星が輝いてて、夕方には焼けるような美しい西日が輝いてて、よく晴れた日には富士山が綺麗に見えていたなぁと。
生活の豊かさは心の豊かさとはイコールではないのかも。そんな当たり前の事に気が付いた1日でした。
久しぶりに心が浄化されるような綺麗な富士山が見たいなぁ。
それでは。


)や、ミロのヴィーナス、そしてモナリザをしっかり目に焼き付けてきました!





