「なぜ日本人は、信者でもないのに教会で式を挙げるのだろう・・・。」
確かに。
信仰に抑制されない人種なのかもしれない。
何を着たいかと式場の都合が優先される。
アメリカで式を挙げることになった私。
彼に「主役は嫁だから」と言われましたが、かねてからの憧れみたいなものがなく、困ってしまいました。
あえて言うなら黒打掛+角隠って素敵!とは思っていたけれど、アメリカ・ニューメキシコで式を挙げることになったので、それは保留。
結論からいうと、彼にいろいろ提案してもらった結果、Courthouseで式を挙げました。
私のように理屈っぽい(結婚式に特別な憧れがない、みたいなことを言いながら、結婚の意味にこだわってみたり、あまり凝ったことはしたくないけれど、手抜きは嫌みたいな)人間には、しっくりいったのです。
結婚とは書類上の契約。
Courthouseでは、Judgeが立ち会い、書類に証人としてサインします。
Courthouseと聞くと、重く堅苦しい雰囲気がありますが、白壁の吹き抜けから外の光
が差し込み、暖炉
とツリー
(冬でしたので)のある暖かな空間のなかでの式でした。
式は、Judgeが宣誓文を読みお互いがJudgeにつづきます。A4一枚分ほどあり長いんですけど、読んでいるうちに胸がいっぱいになりウルウル来ました。立会人を引き受けてくれた友人は涙
してました。(二人の仲が行き詰ったら、読みなおそうと、只今入手中です)
Courthouseで式を挙げる、と決めるまで、いろいろな場所をあたりました。
一つ、ご紹介。
彼の家の通りを挟んだところにカトリック教会があるので、挙式が可能かどうか、聞いてもらいました。
すると、式を挙げるにあたり、数カ月のトレーニングを受けてください、とのこと。
カトリック信者ではない私は、まずカトリック信者になるところからスタートしなければいけないのです。
先方にとっては、当たり前のことで、信者でもない者が式だけ挙げたいという事自体、意味不明な話、なわけです。
納得。
彼の両親は敬虔なカトリック信者で、彼もカトリック教会での経験があります。彼に聞いてもらってよかった。私が聞いていたら、無神経な物言いに怒らせてしまったかも。


と自覚できるようになったのは、1年が経過した頃でした。

