幸せな人は憎らしい。
私たちを踏み躙ってきながら、私の失くしたものを持ってる人なんて特に。

その人だって私の知らない苦しみを抱えてるかもしれないのにね。
頭ではわかってるけど、私は他人を責めずにはいられない性格の悪い人間だ。

そんな私でも、同じ苦しみを抱える人の助けにはなりたいと思える。

他人を助けることで、自分の苦しみを救うことに繋がるからだろうか。

失った人は返ってこない。
これから先、心から目指すものは何もない。

思い描いていた未来と違い過ぎる現実を呪う毎日。

未来に私の求めるものはない。
未来を生きるのは私にとって苦行だ。

今の私にできるのは過去を見ながら生きることだけ。

配偶者を亡くすのは人生が終わるのと同じことだと思う。
昔、未亡人が出家していたのが自然なことだとよくわかる。

周りを恨み呪い、自分を責め、未来を憂い、
その積み重ねで擦り減り、心が疲れてしまった。

彼を亡くしたその当時に留まっているのが、一番心に優しいのかも知れない。
許されるなら、ずっと喪服でいいとも思うもの。
それで彼をずっと身近に置いておきたい。

彼のいない未来へ生きたいと思えない。

なのに、生きていかなきゃいけない。
彼と一緒にいたときとはまるで違う環境に身を置いて、理想と違いすぎる現実を生きていかなきゃいけない。

そんな風に思ってしまうことを息子に対しても申し訳なく思う。
「お父さんを亡くした不幸な家庭」にしたくないと思うのに、そんなに頑張れない。