本や映画の感想を書くとき、的外れな事を言ってるんじゃないか、とビクビクしてしまうことが多い。
他人の批評を見て、そこに自分と正反対の感想が書かれてあったら、自分のを消していまいたくもなる。
だけど、書きたい時に書かなかったら、その思いが台無しになってしまうかもしれないし(ほとんどの場合、思いは台無しになるものだけれど)、その文章は、少なくとも自分にとっては価値があると思うから、残しておきたいとも思う。だから私は感想を書こう、そう決めた。
ゆれる
(以下、最初からいきなりにして超!ネタバレにつき反転してお読みください。まだ観てない方は絶対に!!見ない方が良いです。(笑))
この映画を観てから3日がたった今、私は落ち着いた目で感想を書こうと思うのだ。
つまりのところ、真実は兄だけが知っていた。
全ては彼の計算通りだったんじゃないだろうか。
あれは事故だった。
だが、兄は自分が殺した、と思った。間接的であれ、兄が智恵子に対して取った、あの一時の激しい態度が、彼女を追い込んだことは事実だ。そして、あのような態度を取ってしまったことに兄自身が驚き、ショックだったに違いない。兄は周りからも好かれ、性格も気さくで穏やかで、評判が良かった。そんな自分が奮ってしまったあの暴力的な態度、そして智恵子の死、兄は裁かれたかったのだ。
そこで弟の存在が出てくる。兄は心のどこかで思ってしまったのだろうか。彼が全ての元凶であるということを。兄は弟が智恵子と関係を持っていることに気づいていた。もちろん兄は彼女に好意を持っていたから、あの時の彼女への態度の背景には、嫉妬という感情があったに違いない。
だから彼は考えた。自分が裁かれ、尚且つ、弟にも何らかの傷をつける方法を。
そして…彼は、自分が弟の手によって、有罪となるように仕向けたのだ。
残酷で、永遠に傷の残る仕打ちを弟にしたのだ。
という含みがこの映画にはあると私は思う。だがこれはあくまで含みだ。
真実はこうだと思う。
兄は裁かれたかった。
だが、あれは事故だった。自分が殺したといくら主張したとしても、目撃者の弟が黙ってはいまい。しかし、そこを逆に捉えてみると、目撃者の意見を変えさえすればよいということになる。
そこで兄は弟を巧みに誘導し、自分を裁かせる供述をさせることにした。
最後の面会で、彼が弟を憤らせたのも計算だったに違いない。
弟の記憶は、何度も再生された。
人間の記憶というものは、思いのほか曖昧なのである。
別の可能性を何度も考えてしまうと、それが本当だったと、間違えて記憶してしまうものなのだろう。
焼き直しというやつだ。本来の記憶が書き換えられた。兄の言動に疑いを持ち、自分の過ちを後悔し、そしてとどめに兄の一言。
弟の記憶はあそこで完全に書き換えられてしまった。兄が智恵子を殺したという間違った記憶が焼きついてしまったのだ。
兄は弟の事を塵ほども憎んでなどいなかったのだろう。だけど、弟が持っていた罪の意識も、全てを被って刑務所に入りたかったのかもしれない。だからこの方法を取ったのかもしれない。
7年後、弟は何も気づかぬまま、過ごしていた。
ある日、彼は兄の出所が近いことを知る。
そこで、ふと、昔の思い出を映写機でまわすことにする。そこには、兄が自分を引っ張ってくれていたことが映っていた。どんな時も一緒だった兄弟。
そこで弟は本当のことに気づく…。真実の記憶が再生される。そこには兄が智恵子を助けようと手を伸ばした手が映っていた。彼女の手を掴みながら、離れてしまった二つの手が映っていた。自分の供述のせいで兄は刑務所に行った。だが、その供述が嘘だったことに気づいたのだ。
それと同時に、兄が全てを自分一人で抱え込んで行ってしまったことにも気づいたのだろう。
だから彼は走った。兄にただ伝えたかった。
戻る場所はあると。自分は今でも貴方のことを兄だと思っていると。
そして最後に兄は笑う。エンドロール。
その笑顔の意味は観客に委ねられた。
だから私はこう考えようと思う。
それは、昔と変わらぬ笑顔だった。兄は何も変わってなんかいなかった。兄と弟の絆は、あの事件から7年間、あの橋のように揺れ続けたけど、今も変わらず繋がっていた。
そういう事なんじゃないかな。
さてさて、さすがに寝ないと不味いな。。
今日は美容院に行く予定なんですが…果たして起きれるのか?(笑)