せめて風俗に一千万つぎ込んでから死のうと思う
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今さえ良ければ良いと流されながら、至るところで己を許しながら生きてきましたが、何が悲惨かと言って、流されてるのにその場その場を楽しんだ覚えも特にないところで、気がつけば40歳目前です。

話は変わるようで続きますが、私は世の中で一番おいしい仕事を歌舞伎俳優だと思ってます。

彼等もそれなりの苦労や努力は勿論しているのでしょうが、正直たかが知れてると思われ、ブサイクだとしても味があるなんて言われ、演技が下手くそでも深みがあるなどと、その生まれだけで下駄をはかせてもらい、それはそれなりのプレッシャーかもしれませんが、やはり知れたものでしょう。だってその血筋の人が演じた時点でどうあっても皆さん満足なわけで、だって本当に歌舞伎俳優が大変なら世襲なはずはないのですから。

誰でも出来るから世襲でやっていけるわけで、私はお芝居方面に全く明るくないとの自覚のもと話しますが、確かに素晴らしい演技力を持つ歌舞伎俳優も、これまでにはいるにはいたはずで、しかし、大した努力は絶対していません。その家に生まれ、自身の意思とは別に、歌舞伎俳優になる事を強制され流されて生きたら歌舞伎俳優になっていただけなはずなのです。

歌舞伎俳優なめてんのかと言われれば、はい。なめてます。その家に生まれれば誰でも出来ると思ってます。何度も言いますが世襲なんだもの。

私だって努力はしてきたはずで、いや、努力というのが何を指すのかわかりませんが、苦労は絶対してきたはずで、皆がカラオケに行ってる時、私は黙々とパンをこねていたのです。皆がドライブに行ってる時、バーベキューをしている時、合コンしている事、ナンパしている時、ナンパをされている時、セックスしている時、幸せな家庭をつくっている時、子供の成長を愛でている時、子供の成長を愛でている脇で不倫している時、私は黙々と仕事をしていたのです。

しかし、あれだけの苦労の末に今の私がいるというなら、苦労や努力など、所謂修行といわれるもの、それ自体には大した意味がない事の証左。

つまり何が言いたいかといって、やはり環境なのだなという一点。

流される価値のある環境で流されなければならんぞという事で、無駄な苦労を誇らしく掲げている間に、ふとのぞきこんだ鏡に映る自分は、ハゲの中年男性です。どこにでもいそうな大量生産型のおっさんです。