【芄蘭】
 
芄蘭之支 童子佩觿
雖則佩觿 能不我知
容兮遂兮 垂帶悸兮
 
芄蘭之葉 童子佩韘
雖則佩韘 能不我甲
容兮遂兮 垂帶悸兮
 
<大意>
かがみ草のように
とがった象牙の角針を
この子は帯びている
 
角針を帯びてはいるが
女の紐を解くすべも知らぬ
初心な男で
私となじむこともできない
甲斐性無し
 
大きな帯を一人前に
だらりと下げているだけさ
 
 
白川静を読んでいる。
 
中国の古典「詩経」を
万葉集と比較しながら
解いている。
 
 
例えば万葉集には
 
吾妹子が
結ひてし紐を解かめやも
絶えば絶ゆとも
直に逢ふまでに
 
 
というような情景詩があって
 
言い交わした男女が紐を結び
別れる時には次に逢うまで
解かずにいるというような
風習は日中両方あったそうだ。
 
 
ただ、詩経の方は元々民謡で
遊戯・退廃的なものが多い。
(まあ、ブラの外し方も
知らないくせに、みたいな歌だ)
 
万葉は確かに感情が繊細。
 
 
さてさてさてさて。
 
今月から(今月は31日19時~)
読書サロンで読んでいく
「本居宣長」は
古事記の研究をして
中国の大きな影響を受ける
日本文化の中の純粋な日本は
何かを見極めようとした。
 
儒教に代表される漢意を批判して
「もののあはれ」が
日本的信条だと言ったのである。
 
僕は白川静も並行して読んで
更に深く見極めるつもりだ。