「かみのすまうところ」有永イネ
という漫画をなんの拍子か読んでいる。

とっても少女な絵柄なのだが、
宮大工の男の子たちのストーリー
なのが風変り。

宮大工だから、お寺を立てるのだが
古い木の神さまが
宮大工のところまで、自分を使って
お寺を建てろと営業に来るのだけど、
自分の本体(木)がどこにあるか
分からない。そんな設定^^


さて、木を含め、物は動かない。
(動く木が実は存在するのだが、
それは別のお話し)

木の神さまが擬人化されるのは、
マンガという形式もあるのだが、
他にも理由がある。

物は動かないのだが、
人は物を動かすのである。


つまり、物が動くことの後ろには
人がいるのだ。
そこには、人の願いや欲求が表れる。


そして、人自体は複雑で
日々刻々と気が変わるw

だから、物に残った人の気持ちは
ある意味純粋に人というものを
表現することがある。

それは分かりやすく、
明快で、曇りがないので
人を魅了しやすい。


でも面白いのは、
また人はモノであることと
遠く離れているのではない、
ということかも知れない。


“大工を悩ませる木のねじれは
その木が光に手を伸ばした証”