もう充分傷ついている人を、これ以上傷つけないために、言葉を飲み込んで、見なかったふりをするのは、優しさではなく卑怯なんだろう。
優しく在りたくても、友人が求める100のうちの50しかあげられなかった。
もともと0や10しか差し出さない人は、それ以上求められない。
けど50で感謝されたその次は、100近く支えられないと恨まれる。私が悪いことをしたという気持ちをわざと植え付けられる。
苦になってきた。
好きだけど離れたい。
本当は離れたくないけど100にはなれない。
罪悪感で蝕まれる。
今度会ったら笑えるだろうか。
考えるだけで苦痛だ。
でも気がついた。
私は相手を傷つけたくないから言えないことがある。飲み込んでいる言葉がたくさんある。
だからもうとっくに卑怯者なんだ。
どうせ卑怯なんだから、愛想笑いくらい盛大にしていればいい。
悪者にされるのが苦痛だった。でも相手を否定できない、傷つけないために。
だったら愛想笑いでいい。どっちも卑怯なんだから。
そう思えば心が軽くなる。
