静寂と色彩 : 月光のアンフラマンス @川村記念美術館
マルセル・デュシャン(1887~1968)が考案した「アンフラマンス」(Inframince:直訳は「極薄」「超薄」)っていう造語から発想された展覧会。
川村記念記念美術館にこの季節行くと、紅葉がとても綺麗でそれだけで行ったかいがあるというものです。

マルセル・デュシャンって人は結構な変態で、便器の作品が有名だけど動画も作ってる。
んで、展覧会はというと
「アンフラマンス」ってなんだ?という疑問に答えるべく結構良い展示がたくさんあって満足です。
そもそも「アンフラマンス」というのはパンフでも記載されているように目に見えない次元の境界域のことで、その境界に存在するであろう些細で微妙な事象の現象から云々カンヌン。「平面(二次元)からヴォリューム(三次元)へのパサージュ」に「アンフラマンス」の本質が存在するとする解釈が定説ともある、、、、、うむ、川村記念美術館のウェブでわかりやすい言葉で書かれていると、
『たとえば、デュシャンは人が席を立ったあとに残る温もりをアンフラマンスだとしています。誰かが「いる」状態から、その痕跡が完全に消えた「不在」の状態へ移行する間には、その人の微かな体温のみが存在する境界域があるからです。これにならえば、夜が明けてなお早朝の空に消え残る月もまた、アンフラマンスと言えるでしょう。』
ふむ、、
ずいぶんと神経質なことだ。
んで
円山応挙《秋月雪峡図》

参考ブログ
うむふむ、
わかりやすい。
この墨で書かれた風景の奥行きを平面である一枚に紙に映しこむこういそのものが「アンフラマンス」。特にウィリアム・ターナーや橋本平八などを見比べられるところが魘される。うーん、いいねぇと。
そんで
やっぱり一番驚かされるのは、メインに据えているエンマ・クンツの作品集。
こんな人がいるんだと素直に感動。
「ダウジング」と自然薬草投与によって様々な患者を治癒したヒーリストであり、アーティスト。
もうそれってかなり人を超えてらっしゃるような
宇宙と会話できる方の作品を見れて、ノックダウン。
日本初公開!お見逃し無くっす!

うむ
「アンフラマンス」ってのは宇宙の真理を表すアートの総称かね?
まあ、二次元ってものは三次元のこの世では感じることはできないので、絵画自体がそういったたぐいであることは間違いない。うむ。
って
みたかった曼荼羅はどこに?
それこそわかりやすい宇宙の真理でしょう

なに!?
期間限定で展示?もうない!
あちょー
ショックです。残念。
んで
小野田賢三がわかりやすい。

ああ、光、月光のアンフラマンスってことはこのことかと。
VJでも思うのだが、プロジェクターの光ってのは対象物にあたり光るのだが、その光自体に物量は無くその存在自体はきわめて二次元的でかつ「アンフラマンス」だ。最近でのLEDを使用するとその「アンフラマンス」はなくなってしまう。むなしい物質と化してしまうので、、、
うむ。
とするとブラウン管のデレビのモニター面でのVJはきわめて「アンフラマンス」だ。

VJのKLOMAはそういった面でも多次元的良かった。
とまあ、
「アンフラマンス」ってのは結構日常でもあるってことで、マルセル・デュシャンが宇宙の真理を唱えたもののような、でもマルセル・デュシャンの作品が無いところがかえってシブい。
でも
もう一回行かなきゃな感じです。
んで
きわめて「アンフラマンス」拳法家をご紹介。
レイメン先生です!

なんとものに触れること無く紙一重を残すことで衝撃波を相手に伝えることができる。
おお、些細で微妙な事象の現象だ!
しかし!
WHITEEELの啓蒙するチンミ先生はその先を行く!

なんとその紙一重の接点を点にしてしまうのだ!
まさに、一次元から二次元をこえて三次元にたっするパサージュ!
さすがは拳精チンミ
秋も深まり、ほんとに良い季節。
これ以上寒くなるのはいやぁー。
マルセル・デュシャン(1887~1968)が考案した「アンフラマンス」(Inframince:直訳は「極薄」「超薄」)っていう造語から発想された展覧会。
川村記念記念美術館にこの季節行くと、紅葉がとても綺麗でそれだけで行ったかいがあるというものです。

マルセル・デュシャンって人は結構な変態で、便器の作品が有名だけど動画も作ってる。
んで、展覧会はというと
「アンフラマンス」ってなんだ?という疑問に答えるべく結構良い展示がたくさんあって満足です。
そもそも「アンフラマンス」というのはパンフでも記載されているように目に見えない次元の境界域のことで、その境界に存在するであろう些細で微妙な事象の現象から云々カンヌン。「平面(二次元)からヴォリューム(三次元)へのパサージュ」に「アンフラマンス」の本質が存在するとする解釈が定説ともある、、、、、うむ、川村記念美術館のウェブでわかりやすい言葉で書かれていると、
『たとえば、デュシャンは人が席を立ったあとに残る温もりをアンフラマンスだとしています。誰かが「いる」状態から、その痕跡が完全に消えた「不在」の状態へ移行する間には、その人の微かな体温のみが存在する境界域があるからです。これにならえば、夜が明けてなお早朝の空に消え残る月もまた、アンフラマンスと言えるでしょう。』
ふむ、、
ずいぶんと神経質なことだ。
んで
円山応挙《秋月雪峡図》

参考ブログ
うむふむ、
わかりやすい。
この墨で書かれた風景の奥行きを平面である一枚に紙に映しこむこういそのものが「アンフラマンス」。特にウィリアム・ターナーや橋本平八などを見比べられるところが魘される。うーん、いいねぇと。
そんで
やっぱり一番驚かされるのは、メインに据えているエンマ・クンツの作品集。
こんな人がいるんだと素直に感動。
「ダウジング」と自然薬草投与によって様々な患者を治癒したヒーリストであり、アーティスト。
もうそれってかなり人を超えてらっしゃるような
宇宙と会話できる方の作品を見れて、ノックダウン。
日本初公開!お見逃し無くっす!

うむ
「アンフラマンス」ってのは宇宙の真理を表すアートの総称かね?
まあ、二次元ってものは三次元のこの世では感じることはできないので、絵画自体がそういったたぐいであることは間違いない。うむ。
って
みたかった曼荼羅はどこに?
それこそわかりやすい宇宙の真理でしょう

なに!?
期間限定で展示?もうない!
あちょー
ショックです。残念。
んで
小野田賢三がわかりやすい。

ああ、光、月光のアンフラマンスってことはこのことかと。
VJでも思うのだが、プロジェクターの光ってのは対象物にあたり光るのだが、その光自体に物量は無くその存在自体はきわめて二次元的でかつ「アンフラマンス」だ。最近でのLEDを使用するとその「アンフラマンス」はなくなってしまう。むなしい物質と化してしまうので、、、
うむ。
とするとブラウン管のデレビのモニター面でのVJはきわめて「アンフラマンス」だ。

VJのKLOMAはそういった面でも多次元的良かった。
とまあ、
「アンフラマンス」ってのは結構日常でもあるってことで、マルセル・デュシャンが宇宙の真理を唱えたもののような、でもマルセル・デュシャンの作品が無いところがかえってシブい。
でも
もう一回行かなきゃな感じです。
んで
きわめて「アンフラマンス」拳法家をご紹介。
レイメン先生です!

なんとものに触れること無く紙一重を残すことで衝撃波を相手に伝えることができる。
おお、些細で微妙な事象の現象だ!
しかし!
WHITEEELの啓蒙するチンミ先生はその先を行く!

なんとその紙一重の接点を点にしてしまうのだ!
まさに、一次元から二次元をこえて三次元にたっするパサージュ!
さすがは拳精チンミ
秋も深まり、ほんとに良い季節。
これ以上寒くなるのはいやぁー。
