私はあの漫画家さんの作品を昔から知っていて、好きだった。
なんて繊細なんだろう。
二番煎じのどこかでみたようなお話じゃなくて、漫画家として描きたいものがあって、それを独り善がりでなく、作品にして世の中に共有してくれる。
漫画は娯楽だけど、それだけではない「目には見えないけど、空気のようだけど、マイノリティかもだけど、確かにある。今の感覚、現実から産みだされていると感じる」漫画家さんからのメッセージ。
それをどう感じるかは個人の自由で、読む人によっては日常の中で苦しかったり言語化出来ないもやもやした気持ちを「あなただけじゃないよ。同じように感じてる、思ってる人はいる。その感覚は間違ってないよ。」って肯定してもらえてるような、寄り添ってもらえているような、孤独感が和らぐような、娯楽だけど、現実の明日へそっと背中を押されるような、支えてもらえるような気持ちになれるのではと。
悩みごとに大小は無くて、他人にとっては小さくても、自分にとっては大きなこと。
恵まれてるように見える人が実は抱えているかもしれない「なにか」。
人の頭の中なんて覗けないから、なにが本心か確かめようも無いし、現実は苦しいと感じる自分を受け止めるのが精いっぱいかもしれない。目に見えない他人の状況を慮るのは難しいと思う。
だけど、漫画で描かれてるから。
娯楽として、決してお説教ではない、優しく「苦しく無い人なんていないのかもしれない」って思わせてくれるきっかけというか。
ちょっとした「かもしれない」を想像する自分の頭の中の材料がふえて、いつかそれは他人を思いやることのできる現実(自分)につながって…って。
そんな優しさを感じる作品を産みだす方。
すごいなって、なんでそんな多くの人の心を惹きつけるお話を作って、アウトプット出来るんだろうって。
だから、もうこの人の産みだす作品が読めないんだと思うと切なくて、辛い思いをされていたことを思うと苦しくて悲しい。
毎日、何か進展がないかと、ネット記事を検索することがやめられない。
記事を読んで、その記事に対するコメントを読んで、毎日涙が止まらない。
また、記事の内容はどこかずれていて、それに対するコメントもなんだか腑に落ちなくて。
毎日もやもやしてた。
「原作に忠実に」がなされなかったのは何故なのか。
脚本家のsnsのコメントがきっかけでは。
論点がごちゃまぜ。
「原作者ファーストは当然だ」ってみんな言うけど最後の「攻撃したかったわけではない」という言葉には重きが置かれない。
メディアミックスが良くないって意見もあるけど、それもひとつの意見で絶対の正解ではない。
私は、もし今後アニメ化や実写化がタブーになる世の中になったとして、それが誰も傷つけない正しさなのか、疑問に感じる。
良い面があればその反対、あるいは折衷案というか中立の意見もあるって思う。
(悲しいけど、この騒動も今後原作へのリスペクトありきって考えへシフトする一つの転換点って考えもよぎる)
なにが良いのか。答えはひとつじゃないはずで。
いろんな意見を持つ人がいて、そのどれもが強要されることなく、批判されることなく、誰も傷つく必要がない、ただいろんな考えの人がいるって事実として受け止めることができると良いなと思う。
私はこの方の作品を読んだことあるし、セクシー田中さんも読んでて、漫画家さんに対して思い入れがあるって言える。
本当に悲しい。それを踏まえて私が思うこと。
今盛り上がって批判や様々な情報を拡散してる人たちは果たして「セクシー田中さん」の原作を読んだことがあるのか。ドラマを観たのか。とても疑問。
例えば、過去自分が好きだった作品が映像化されたけど、それに対して不満を持ってた人たちが今回のことをきっかけに、当時ぶつけられなかった不満を間違った正義感にすり替えて、振りかざしてないか。
この炎上の様子を煽って楽しんでる人がいるのではないか。
「攻撃したかったわけじゃない」ことは明確に言葉として残っているのに、なぜかこの騒動は誰かを傷つける発言も「言われても仕方ない。正しい意見だと肯定する」流れが出来上がって、多くを巻き込みながらあちこちに拡散されてる。それは最もご本人の気持ちを蔑ろにして傷つける行為ではないのか。
そうなっている現状に申し訳無さと悲しい気持ちがあふれる。
ただの読者で、視聴者で、ネット記事やSNSの情報しか知らないのに、すべての情報を知り得ないはずなのに、想像を膨らませて一方を責めてみたり、「先にやったのは脚本家なのになぜそちらは庇われるのか」なんて誰目線の発言や、「テレビ局側が事実関係の調査・報告など誠実に対応しない限り、脚本家が責められるのは仕方ない」など脅しのような発言もあって。
ご本人(原作者)が望まれてないどころか悲しむ出来事に多くの人が巻き込まれている。多くの情報が飛び交い、なにが事実で、憶測なのか、ひと呼吸おいて考えることを忘れさせる勢いに。正常な判断ができないくらいに。本当に悼む気持ちがあるのか。
おそらく、大半が原作を読んだことも見たことも無いだろう人たちが、ご本人の気持ちを置き去りにして自分の思う正義を好きに主張しているのではと。想像が膨らんでしまう。
なんて自分勝手なんだろうって。
もっと良く考えてみてって。
それで脚本家の方にもし何かがあったらどうするのか。
なにが正しい情報なのか不明なのに、勝手に責めて攻撃して。
新たな事実が出てきて、自分が勘違いしてたとしたら「そんなの知らなかった。自分だけじゃない。みんなが言ってた。」って言い訳するんだろう。
言葉は、SNSは暴力になるって、傷つけるってわかってるはず。責任も取れないのに、滅多なことを言ってはいけない。
何も事実を知らない第三者が個人を攻撃して良い理由はひとつも無い。
メディアはもっとわかりやすくそれを伝えるべき。
そして、同じようなことが繰り返されないためにはどうしたら良いのか。
ひとりひとりがきちんと考えられたら良いなと。
組織の体質はなかなか変わらないけど、中にいる人間が確実に世代交代していくことも事実で。
悲しいけど、ご本人に直接聞くことができない今となっては本当の事実や思いを知るすべはなくて。残された側は精いっぱい思いを馳せて、今後繰り返されることがないように、情報に惑わされず、ひと呼吸置く冷静さを持って。
事実を、論点を見極めて。
責めたり誰かを傷つける発言をしていないか。
結局責めても解決しない。誰が謝罪したところで、納得も解決もしない。好き勝手言えてしまう何の責任も無い、所詮第三者である立場としてできる事はなにか。
当事者にとって難しいこと。
きっと当事者(原作者含む)にはそれぞれ抱えるそこに至る事情(言い訳)や主張したいことがある。それは一方からの視点であり、事実であっても、反対側のベクトルから見る視点の事実もあって、どちらも間違いではない。
第三者の目線からの意見があれば、更に様々な方向からの視点が加わって。
みんなで繰り返さないために考えることができたらと思う。
みんなが言ってるからと流されて、事実を確認せずにネットに書き込んでしまう文化が無くなる世の中になりますように。
最後に、鬱陶しい長文を失礼しました。
先生、お疲れ様でした。本当に悲しさで涙がとまりません。せめて今は安らかにおられますようお祈りいたします。