私は目をふせて、唇を噛みしめ、首をゆっくりと横に振った。
まるで、辛くて辛くてしょうがないけれど 涙を見せまいと堪えているような、そんな動作をしてみせる。
するとフェリシアーノは 我慢ならないというように、強く、腕の力をすべて使うような強い力で私を抱き締めた。
「ごめんね…ごめんね……!!」
しゃくりあげながら、彼は私の頭の上で何度も何度も謝罪の言葉を紡いだ。
フェリシアーノの涙が私の髪を湿らせる。
「大丈夫、大丈夫だよ。泣かないで」
できるだけ優しい声を出して、背中をそうっと撫でる。
フェリシアーノは怯えるようにびくりと震え、腕の力を緩めた。
少し悲しい気持ちになりながら、フェリシアーノの腕を解き、顔を覗きこんだ。
フェリシアーノの、深い紅茶のような優しい光の灯る美しく色素の薄い瞳から、何粒も何粒も涙が止めどなく溢れ、
普段は笑顔ばかりを形作っている唇は歪んでいる。
それでも目をそらさずまっすぐ対峙するフェリシアーノは、きっと強い人なのだろう。
「でもっ、俺のせいで…俺が無責任なせいで!」
声を震わせながら 叫ぶように自らを責める。
彼の体に傷が見えるわけでもないのに、その姿は痛々しいとしか形容できない。
その痛ましさに、思わず眉を歪めた。
「違うよ、フェリシアーノだけのせいじゃない。私も、無責任だったんだよ。自業自得だ。」
そうっと、先刻フェリシアーノの背中を撫でたのと同じような柔らかさで、下腹部の辺りを撫でた。
もうそこには、何もいない。
愛しさは一切なく、ただただ労るように数度、撫でる。
フェリシアーノは前にも増して盛大に顔を歪め、子供のように大声を出しはしないものの、息ができないのではと思うくらいに喉をひきつらせ泣いた。
「俺が、いや…俺たちが無責任でつくった命を、俺たちの勝手で殺したんだ!俺たちは二人とも相応の罰を受けるべきだ、罪を償うべきだ。なのに…お前だけ、こんな…っ!」
「フェリシアーノ…」
フェリシアーノの言葉は滅茶苦茶だったけど、言いたいことは痛いくらい伝わってきた。
私はフェリシアーノの目をまっすぐに見ていられなくて、俯いた。
しかし涙はでない。
事を簡単に説明すると、
私のお腹に命が宿ったのだ。フェリシアーノと私の子が。
でもまだ学生という身分である私たちには財力も社会的責任能力も子供を育てる自信も、なんにもなくて、
あるのは双方の両親の強い反対だけだった。
子供を産むなと言うことは、中絶、すなわち子供を殺すということである。
まだきちんとした形も成していない子供だが、紛れもなくそれは私たちの愛の形で、愛しい子供だった。
もちろん産みたいと思った。
親の反対を押しきって、学校を辞めてでも産んでやろうと思っていた。
どんなに辛い現実があってもフェリシアーノが一緒なら、3人で乗り越えられる。そんな希望も持っていた。
しかし、そのフェリシアーノが言ったのだ。
ごめん、と。
フェリシアーノも産んで欲しいと言ってくれるだろうとばかり思っていた私は、ただただ混乱した。
けれど、よくよく考えればそれが普通の答えだった。
私はおろす事を決意した。きっと私が最後まで抵抗しても無理矢理手術されたのだろうが、
私は自分の明確な意思で、子供を殺すことを決めたのだ。
そして 堕胎手術は失敗し、私は二度と子を授かることのできない身体になってしまった。
いや、子供は死んだのだから堕胎自体は成功なのだろうが、手術時になにか手違いのようなものがあったらしく、私の体から子供を作り育てる臓器が失われたのだ。
フェリシアーノのいう罪とは子を殺したことであり、罰とは私が子供を授かれなくなったことである。
同じように罪を犯したのに、片方、私だけが不幸な目に合っているのが、彼の自責に拍車をかけている。
「お前は、女の子なのに…本当にごめん…っ」
子を産むことの出来なくなった女というのは、生物学的に女と呼んでいいのか、私はそう思っていたのだがフェリシアーノはなんの迷いもなく私を女の子扱いしてくれる。
私はぺったんこな、空っぽの下腹部をもう一度撫でた。
「もういいよ、もういいのフェリシアーノ。」
フェリシアーノはまた私を強く抱き寄せた。
またうわ言のように、何度も何度も何度も、
ごめんごめんねごめんなさい と繰り返す。
何に対して、誰に対して謝っているのかは定かではない。
私も彼の言葉に混ぜるように、そうっと
ごめんね。
と呟いた。
それは
殺してしまった我が子への想いと
これから私と言う重荷を背負って生きていくフェリシアーノに対する想いと
素直に子が亡くなったことを悲しめないことを子とフェリシアーノに申し訳ない想いと
小さなすれ違いに気付かないフェリシアーノへの想いと
すべてが混ざった
ごめんね だった。