日本人のそれはブルジョワの嗜み
やるじゃないか、浦和レッズ。
結果も内容も予想通りだったけど、しかと日本の誇りを見せ付けてくれたように思う。というか、日本の将来に希望が持てた。
■決定的なターニングポイント
後から振り返ると、このときが日本サッカーにとって決定的なターニングポイントだった、と思うときがくるんじゃないか。
それほどに決定的な出来事に気づいた。
目の前で、日本のクラブがイタリアと戦っているのに、1万8千円の席に座って75ユーロ(1万2千円)するミランのユニフォームを着た日本人は、どれだけサムいのかってことに。
ものすごく恥ずかしいぞ、これ。全力で恥ずかしい。200カ国以上に中継されている試合で、全世界に恥をさらしている。
本気でそう思った。
そして、日本人のサッカーの楽しみ方は、ブルジョワの嗜みだったということに気がついた。
■外国のユニフォームを着た日本人
日本人にとってサッカーと言えば、まず日本代表。そして次にヨーロッパ。それでほぼ終了。Jリーグには興味関心を示さない。特にサッカーを知っていればいるほど、本場ヨーロッパに目が向いている。実際にオレもそうだった。2年ほど前までは。
だから、ACミランの試合を毎週スカパーで見ている人間も多くいることだろう。単に顔がイケテるから、ファッションがカッコいいからミランが好きな人間もいるだろう。そして、そういう人間がスタジアムに多数押し寄せても別に驚くことではない。
実際、オレだって、FCバルセロナのジャージを持っているし、今回の相手がミランでなく、バルサだったら、スタジアムにそれを着ていったかもしれん。
しかしだ。
そういう人間たちが、ゴール裏から「浦和レッズ、オッオー!」という歌が止めどもなく聞こえてくる中で、イタリアのチームのユニフォームを着て、イタリア人たちを羨望のまなざしで見ている光景は、絶望的にサムかった。見ているこっちがいたたまれなくなるほどに。
そして、一歩間違えば、オレ自身が、日本で日本のチームが戦っているのに、「バルサのユニフォームを着た日本人」として、全世界にテレビ中継される可能性があったのだということに恐怖すら覚える。
あ~日本人はブルジョワなんだな~。
カネの力で最高の見世物を目の前でやらせて、それを楽しむブルジョワだったんだな~。
■あくまで倒すべき相手として
こういう国は世界のどこを探してもない。
サッカーの強豪国は、西欧の先進国とイコールなのだが、ヨーロッパで彼らと戦う国、例えば、北欧のスウェーデンや中東寄りのトルコなどは、イタリアを羨望のまなざしで眺めたりはしない。あくまで「倒すべき」相手として全力で戦うまでだ。スタジアムを埋めた同国人が、他国のクラブや代表チームのユニフォームを見にまとって、悦に入った表情で眺めるなんてことは絶対にない。
日本にプロサッカーのなかった時代は仕方がない。だが、日本人にとってサッカーとは、憧れのスターたちが繰り広げる曲芸を羨望のまなざしで眺めるものではなく、自分たちもそれと同じように世界の中で戦っていけるものに変わりつつある。いや、三度連続ワールドカップに出場して、ヨーロッパチャンピオンズリーグに出場する日本人も珍しくなくなったのだから、すでにそうなっていたんだと。
そして、日本のクラブもやれるんだと。15年積み上げてきたJリーグもやれるんだと。
本気でそう思えた夜だった。
■世界の中での日本を象徴している
こういうことをこれほど興奮して、こんなにしつこく書くのは、これが何もサッカーに限った話ではなく、世界の中での日本という国を象徴した出来事だと思うから。
カネだけは持っている日本人は、言葉の壁や地理的文化的な壁に遮られて、世界との付き合い方がわからない。そういう場面が極めて多いように思う。
サッカーは英語以上に世界で流通しているコミュニケーションツールであり、文化である、と捉えれば、そこにいろいろな問題が投影され、一つの解決策が見えてくるのも必然ではないだろうか。
結果も内容も予想通りだったけど、しかと日本の誇りを見せ付けてくれたように思う。というか、日本の将来に希望が持てた。
■決定的なターニングポイント
後から振り返ると、このときが日本サッカーにとって決定的なターニングポイントだった、と思うときがくるんじゃないか。
それほどに決定的な出来事に気づいた。
目の前で、日本のクラブがイタリアと戦っているのに、1万8千円の席に座って75ユーロ(1万2千円)するミランのユニフォームを着た日本人は、どれだけサムいのかってことに。
ものすごく恥ずかしいぞ、これ。全力で恥ずかしい。200カ国以上に中継されている試合で、全世界に恥をさらしている。
本気でそう思った。
そして、日本人のサッカーの楽しみ方は、ブルジョワの嗜みだったということに気がついた。
■外国のユニフォームを着た日本人
日本人にとってサッカーと言えば、まず日本代表。そして次にヨーロッパ。それでほぼ終了。Jリーグには興味関心を示さない。特にサッカーを知っていればいるほど、本場ヨーロッパに目が向いている。実際にオレもそうだった。2年ほど前までは。
だから、ACミランの試合を毎週スカパーで見ている人間も多くいることだろう。単に顔がイケテるから、ファッションがカッコいいからミランが好きな人間もいるだろう。そして、そういう人間がスタジアムに多数押し寄せても別に驚くことではない。
実際、オレだって、FCバルセロナのジャージを持っているし、今回の相手がミランでなく、バルサだったら、スタジアムにそれを着ていったかもしれん。
しかしだ。
そういう人間たちが、ゴール裏から「浦和レッズ、オッオー!」という歌が止めどもなく聞こえてくる中で、イタリアのチームのユニフォームを着て、イタリア人たちを羨望のまなざしで見ている光景は、絶望的にサムかった。見ているこっちがいたたまれなくなるほどに。
そして、一歩間違えば、オレ自身が、日本で日本のチームが戦っているのに、「バルサのユニフォームを着た日本人」として、全世界にテレビ中継される可能性があったのだということに恐怖すら覚える。
あ~日本人はブルジョワなんだな~。
カネの力で最高の見世物を目の前でやらせて、それを楽しむブルジョワだったんだな~。
■あくまで倒すべき相手として
こういう国は世界のどこを探してもない。
サッカーの強豪国は、西欧の先進国とイコールなのだが、ヨーロッパで彼らと戦う国、例えば、北欧のスウェーデンや中東寄りのトルコなどは、イタリアを羨望のまなざしで眺めたりはしない。あくまで「倒すべき」相手として全力で戦うまでだ。スタジアムを埋めた同国人が、他国のクラブや代表チームのユニフォームを見にまとって、悦に入った表情で眺めるなんてことは絶対にない。
日本にプロサッカーのなかった時代は仕方がない。だが、日本人にとってサッカーとは、憧れのスターたちが繰り広げる曲芸を羨望のまなざしで眺めるものではなく、自分たちもそれと同じように世界の中で戦っていけるものに変わりつつある。いや、三度連続ワールドカップに出場して、ヨーロッパチャンピオンズリーグに出場する日本人も珍しくなくなったのだから、すでにそうなっていたんだと。
そして、日本のクラブもやれるんだと。15年積み上げてきたJリーグもやれるんだと。
本気でそう思えた夜だった。
■世界の中での日本を象徴している
こういうことをこれほど興奮して、こんなにしつこく書くのは、これが何もサッカーに限った話ではなく、世界の中での日本という国を象徴した出来事だと思うから。
カネだけは持っている日本人は、言葉の壁や地理的文化的な壁に遮られて、世界との付き合い方がわからない。そういう場面が極めて多いように思う。
サッカーは英語以上に世界で流通しているコミュニケーションツールであり、文化である、と捉えれば、そこにいろいろな問題が投影され、一つの解決策が見えてくるのも必然ではないだろうか。
