これまでたびたび、初夢にキスをしてもらってきた私。
甘くて幸せでほんわりした夢の中、夢見心地な私。
(だから夢なんだって。)
うっとり。
それが今年。
12月31日の夜から1月1日の朝にかけては、なぜかほとんど眠れず。
1月1日の夜から1月2日の朝にかけて、やっと初夢を見ることができました。
残念ながら色っぽい内容ではありませんでしたが、憶えているうちに書き留めておきます。
自分のために残しておりますので、人様にお読みいただくような、興味深く、色濃い内容ではありません。
岐阜市銘蘭という、存在しない地名にあるマンションの一室を借りる。というところから夢は始まりました。
子どもの通学のため利便性を考慮して、卒業までの期間、自宅とは別に住む場所を借りたのです。
マンション表側には駐車場があり、普段はそちらから出入りを行うのですが、ある朝、たまには裏口がどのようになっているのか見ておこうと思い、まず3階の部屋からエレベーターで1階に降りました。
1階には複数の店舗が入居しており、靴屋さん、中国食材の店、不動産会社などがありました。
不動産会社の扉は閉まっており、まだ始業時刻ではないようでした。
靴屋さんについては、遠くからブーツなどが並んでいるのを見ただけで、店員さんの姿は確認しませんでした。
店内は照明が点き、フロアの中でその一角だけが煌々としていました。
中国食材のお店には大量の透明な袋に入れられた乾燥食品が陳列されており、歩きながらそれらを眺めていると、店主の男性(細身で50代くらい)が奥の暗がりから「道に迷ったのか?」と声を掛けてくれました。
しかし自分が住んでいるマンションの部屋から下に降りてきただけですので、迷ったもなにもありません。
「大丈夫です。あちこち見て回っているんです。」とにこやかに答え、通路を進み、建物の外に出ました。
そのマンションは裏口のほうが大通りに面していたようでした。
交通量はさほど多くはありません。
歩道から車道に目をやると、たまに北の方角から数台の車がやってくるだけでした。
通りの、ちょうど向かい側のビルの1階には飲食店のような店舗があり、シャッターは閉まっていましたが、店舗前のベンチに4人ほどの中年以降の女性が座っておしゃべりを楽しんでいました。
シャッターにはオレンジと水色で横縞が描かれていました。
彼女たちは揃って、飲食店の開店時刻を待っているようにも見えました。
大通りがどこからどこまで続いているのは分かりませんが、どうやら国道のようだと感じました。
標識はありませんでした。
以前どこかで、あの道は154号線だよと聞いたような気がします。
誰から聞いたのかは定かではありません。
現実世界での国道154号線は、もう少し幅の広い道です。
名古屋市の南の方を起点としています。
車線も、何本もあります。
夢の中では片側1車線の、背の高い街路樹が植えられた、感じの良い長閑な道でした。
外に出たついでに、マンション周囲の状況を知るため、しばらくお散歩を楽しむことにしました。
表の入り口のほうまで敷地をぐるりと周ると、細い坂道が見えたので上がってみました。
坂道の真ん中には、石組みの水路があり、脈々と水が流れていました。
両脇に古い家が並んでいました。
これが不思議と、みな縦に細長く、3階建てくらいの建物なのです。
この地域は一区画の土地が狭いせいでこのような建て方をしているのだろうかと考えながら進んでゆきました。
途中、しばしば脇道に逸れるなどして歩き続けると、聾学校がありました。
聾学校という金属製の切り抜き文字で表記された下に、英字で Special Nies School とありました。
小さく Hearing impaired とも。
そしてなぜか、Please be quiet と注意書きまであるのです。
聴こえに難のある子どもたちばかりなのに?
或いは、子どもたちに向けての注意書きなのかもしれません。
学校の周りには健常な方々が住まわれているので、興奮して奇声など上げながら遊んではいけませんよ。という意味でしょうか。
それならば道理が通ります。
休日なのか、登校前の時刻なのか、子どもの姿は一人もありませんでした。
門も閉じられています。
その横を通り過ぎて、散歩を続けます。
どこからともなくピアノの音が聴こえてきました。
この音の発生源は一体どこか。
町内放送にしては微かな音量です。
音量は小さいのですが、クリアに漂うのです。
空気が澄んでいるせいでしょうか。
見つけました。
道の左側にある、一軒家でした。
瓦屋根の、和風の造り。
しかしやはり縦に細長く、1階の窓には、古びたすだれが掛かっています。
その奥から聴こえてきます。
ピアノの独奏曲です。
モーツァルトでもない。リストでもない。
もっと繊細で前衛的な。
しばらく聞き入りました。
おそらくベルクのソナタ Op.1です。
私は小学生の時に初めて、アルバン・ベルクの7つの初期の歌に触れ、レコード店に走りました。
ベルクの残した曲は決して多くはありませんが、極めて稀有な存在であり、
エリック・サティのような奇抜さはなく、でもどこかほんのりとした不気味さが漂い、なにを伝えたいのか、よくは分からない。
そのような曲調です。
もちろん、私のような素人が抱く印象ですから、なんの参考にもならないものではあります。
今朝の夢は、これが夢であるとは知らずに見続けました。
なぜなら、散歩の途中で目に入ってきた聾学校の文字が鮮明だったからです。
私の夢の中では通常の場合、文字や数字が出てきても、それを判読するのは困難です。
なんとか読もうとするも、文字たちはゲシュタルト崩壊するようにバラバラと崩れ落ちてゆき、最後まで読ませてはもらえません。
なんとか一文字、二文字、判別がつくかどうか、なのです。
それが今日は、学校の壁に書かれた、お静かになさってくださいという補足の文字まで読めたということは、さすがに夢ではないだろうと、そう思い込んでいました。
しかし私は目覚めてしまい、楽しくて少し不穏な散歩の続きをすることができませんでした。
起きてみて、お気に入りのピンク色の毛布の中でふと思ったことは、「夢の中の歩数も、運動量に含められないだろうか。」ということでした。
急な坂道も含めて、けっこうな距離を歩いたはずなのです。
(夢の中でな。)
確かに、マンションの下まで降りるときにエレベーターは使いましたが。
それを差し引いても、けっこうな運動量だったはずなのです。
(しつこい。)
ですので、私の気持ちとしては、現実世界で歩いたぶんと、夢の中で歩いたぶん、すべてひっくるめて、1日の消費カロリーに計上していただきたい。
そうでなければ、このような克明な内容で夢を記した起床後の労力すら報われず、単にオチのない夢を見ただけ、ということになってしまいます。
(だからどうした。)
やはり初夢というのは、キスの夢に限ります。
オチなどなくてよろしいのです。
ただキスしてくだされば。
(ただしイケメンに限る。)
ですが、悲しいことに2025年の初夢はあんなに幸せだったにも関わらず、実際はとんでもない年でした。
それを思えば、初夢などというものは、なんのアテにもならない。と言うこともできますね。
スーパーにでも行ってこよう。
お豆腐買わなきゃ。