どこかで、自分の身体の不調を、ひとごとのように思う部分がありました。
なぜ、そうなるのかがわからなかったからです。
肩が凝ると、「何で凝るんだろう、他の人はこんなに凝らないだろうに。
こんな身体で生まれて、私は運が悪いなあ」
なんて思っていました。
それが、肩こりは私にとって、不条理に起こる現象ではなく、
「ストレスが溜まっているよ!」とか、「睡眠不足だよ!」という、身体の叫びだったのです。
本当は、そこで休息したり、自分の好きなことでリラックスするべきなのに、
その身体の叫びを理解できないために、
それに対処することなく、放置して過ごしてきたのでした。
東洋医学を知って、初めて私は
二十数年来聞くことのなかった、自分の身体の声を聞くことが出来たのです。
身体の不調を、「余計な荷物」と思うのと、「何かを伝える声」だと思うのとでは、
全く受け止め方が違います。
心の軽さが違いますし、自分への慈しみ方が違います。
東洋医学にとって、様々な症状は、身体の発する声です。
東洋医学の治療は、その声を聞いてあげること。
声には、言葉で応えるだけではなく、
ダイレクトに身体に応えてやることも出来ます。
それが、鍼灸治療のあるべき姿なのだと思います。
「やっと応えてくれた!」と喜んだ身体は、
ダイナミックに変化をします。
肩こりが取れたり、身体が温まったり、痛みが取れたりします。
もう声を発し続ける必要がなくなるからです。
それは、とてもドラマティックで、不思議な光景にも映るでしょう。
自分が治療をする側になって、さらに驚いたことは、
心と身体が求める治療をしてあげると、その人に、笑顔が戻ってくるという事です。
心が開放されて、涙がこぼれる人もいました。
その姿はとても美しくて、私の心まで癒され、力がみなぎっていくのです。
恋というと大げさかもしれませんが、
私は、この医学のとりこになりました。
この仕事に関わり始めて、気が付くと、私の不眠はすっかり治っていました。
患者さんの生命力、笑顔が、私に元気をくれたのだと思います。
昔、鍼灸師を目指すきっかけになった、ナースの友人の言葉、
「同僚の看護婦が、仕事がキツくて、
身体ボロボロになって辞めちゃったのね。
で、その子、今鍼灸師になったって。
すっごい元気になって、治療に走り回ってるよ」
という話は、見事にそのまま自分の身に現実として起こったのでした。
私を精神的にも身体的にも救ってくれたこの医学は、
これからもきっと多くの人に必要とされるものだと思います。
そして出来るなら、その橋渡し役になりたい。
皆さんが、自分自身の声を聞くことが出来るように。
どうか沢山の人が、この医学と出会えますように。
ここまで読んで下さって、どうもありがとうございましたm(_ _ )m