高校生の頃、与謝野晶子が大好きだった。

彼女の私生活が当時の一般的な社会規範を逸脱していたことも大きかったが、この歌が私の心を掴んで離さなかった。

 

あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃(やいば)をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。

 

この歌はさらに続きがあるのだが、今読んでも命の叫びが胸に刺さる。

あの時代に戦争に行く弟に「死ぬな」ということは、おそらく今の時代に戦争に賛成するより難しいことだったはず。

高校生の私はそもそもあまり授業は聞いていなかったけれど、国語の授業ではこの歌を「戦争反対」として捉えていたように記憶するが、私にはそんな解釈はつまらないと思っていた。

 

今、この歌を読んで、やっぱりこれは純粋に親の気持ちだ、と思う。

私自身親になって思うことは、我が子にただただ生きていてほしい、ということ。

世界中が我が子を敵だと思っても、私だけは味方でいる。

そして、私はまだ親の子だから、親のためにも生きていこうと思う。

生きてるだけで丸儲け、誰の言葉だったかな〜。