ADHDの有名人。
水の怪物、マイケル・フェルプス(Michael Phelps)
2008年北京オリンピック、水泳で史上初、8個の金メダルを獲得した彼ですが、
9歳のときにADHDの診断をされています。

ダウンこんな人です。左矢印wikiから
$ADHDってなんだろう?
プールでの写真じゃないと、わかりづらいよなぁ~あせる

まずは、マイケル・フェルプスの経歴を簡単にあせる
1985年6月30日、現在25歳、3人兄弟の末っ子、彼にはホイットニーとヒラリー、2人の姉がいます。
体重4250グラム・身長58.4センチ 右矢印生まれたときからデカいねぇ~汗
お姉さんもオリンピック候補生になるようなスイマーだったようで、その影響もあって、
7歳のとき、水泳を始めたそうです。
そんなころ、両親が離婚。
10歳のとき、彼の年代、その上の年代のナショナルレコードを更新。
11歳のとき、現コーチ、ボブ・ボーマン(Bob Bowman)の指導を受け始める 。
そして、2000年、15歳のときシドニーオリンピック出場、200mバタフライで5位入賞。
2004年、アテネオリンピックでは金メダル6個、銅メダル1個
2008年、北京オリンピックでは金メダル8個


彼はすばらしいアスリートですが・・・
ここではADHDについて焦点をあてて、書きたいと思います。


まず、幼稚園の頃の彼は
Can’t sit still, can’t keep quiet, can’t focus.
じっと座っていられない、静かにできない、集中できない、子供だったようです。

右矢印これは、小さいADHD児は、つまらなかったら、こうなりますよね。ウチの子も同じです。


あるとき、一人の教師が母親に言ったそうです。

Your son will never be able to focus on anything.
あなたの息子はなにかに集中することができるようになることはないでしょう。

右矢印こうゆうことを平気で、母親に言える人が「教育者」なのかと思うと、ガッカリするね。
ADHDの子供たち、「健常者」と言われている子供たちよりも集中力はあります。自分が興味のあるものならば、いくらでも集中します。パー 

ADHDの子供の子育てで大事なのはひらめき電球
本人が自ら選んだ、興味のあることをやってみる機会をできるかぎり、与えてあげること。興味があるものが見つかれば、ほっといても、自分で伸びていきます。親が子供にやって欲しいことを、いくら押し付けて、無理やりやらそうとしても、お金と時間の無駄です。





"Mike was a very energetic little kid who wanted to get answers to questions ... always in motion,"
マイケルはいつも、じっとしていられなくて、疑問に思ったことの、答えを求めていた、とてもエネルギッシュな少年でした。

右矢印ADHDの人は考えずに行動するように思われがちですが、とことん納得するまで考えます。
子供たちの疑問にはどんなことでも、論理的に納得するまで、とことん説明してあげてください。
ADHDの子供たちはエネルギッシュなので、水泳は合うと思います。



小さい頃のマイケルはひょろひょろで、背が高くて、耳が大きかったので、いじめられたようです。
ADHDの子供たち、なにかと目立つのでいじめの標的にされやすいかもしれません。
でも、生きていくうえで、痛みを知ることは、決して悪いことではない。
醜いものにならないように、まわりの大人が配慮してやらないとね。


マイケル・フェルプス、9歳のときにADHDを診断されました。
この頃、両親が離婚。彼だけでなく、母親も精神的につらいときだったようです。

それから彼は2年間、リタリンを服用していました。
その2年間、彼は水泳に打ち込み、10歳のとき、彼の年代、その上の年代のナショナルレコードを更新しています。そして、11歳のとき、コーチのボブ・ボーマンに出会っています。
このコーチのボブ・ボーマンはすぐにマイケルの才能を見抜き、彼の才能を信じた人です。

そんなとき、突然、彼からクスリをやめたいとお願いされたそうです。

‘I don’t want to do this anymore, Mom. My buddies don’t do it. I can do this on my own.’
もう、これ(リタリン)を飲みたくないよ。ママ、友達は飲んでないよ。(飲まなくても)ぼくもできるよ。

ADHDの子供たち、親からも「障害」のレッテルを貼られ、信用されず、期待されていない子供が多いように感じます。
たった一人でも、自分を認めて、信じて、期待してくれる人がいれば、胸を張って、自分らしく、自信を持って生きていけるんじゃないかな。ADHDってのは、人間として劣ってるわけではないんだから。




マイケル・ファルプス、彼は水泳で、いつも金メダルを取っていたわけではありません。イアン・ソープとゆう、偉大なライバルの記録を破るまでには、何度も悔しい思いをしたと思います。どんなに才能があったとしても、努力せずに欲しいものは手に入らない。才能なんてなくても、努力すれば手に入るものがたくさんあるしね。

ダウンそんな彼の強さの秘密




子供の頃の彼は、いつも食事の時間に、自分が泳いでる姿を何度も繰返し、ビデオで見て、熱心に泳ぎを研究していたそうです。映像を見せて、自分で研究させる。指導されたことを、的確に理解するために、目で確認させる。これはADHDにはすごくいいと思います。
YouTubeではマイケル・フェルプス自身が泳いでる、泳ぎ方の手本を見ることもできます。


そんな、マイケル・フェルプス、オリンピックが終わればやらかします汗
2004年11月、酒気帯び運転で逮捕。
2009年2月、大麻吸引で3ヶ月間の出場停止処分。

これぐらいは、ADHDにとっては人生勉強あせる 
ロンドンオリンピックのあと、やらかさないことを願います にひひ






マイケル・フェルプスのお母さんはどんなひとなんだろうはてなマーク
彼女は中学校の校長先生、いつでも子供を暖かく見守っている、素敵な人です。

ダウンそんな彼女の言葉
I've been there not to dictate or guide. I'm there to listen to what he wants to do and try to help him problem solve and make a wise decision,

私は命ずるため、指導するためにいるのではありません、私は彼のやりたいことに耳をかたむけ、問題を解決し、賢明な決断を下すように助けようとしてるだけです。

子供の意思を尊重し、子供の人生を応援する、子供のよき理解者、そんな母親でいたいな。



最後のほうにマイケル、ホイットニー、ヒラリーが見れます。






余談になりますがあせる ダウンこれよくない!?



泳ぎながら、iPod shuffle(3rd)で音楽を聞けるんだって音譜 いいところを、ついてくるねぇ~ にひひ
水の中で、音楽を聞くってどんな気分なんだろうね音譜 これ、欲しいわぁ~。





最後に彼の言葉を、

You can’t put a limit on anything. The more you dream, the farther you get.

どんなことにも、限界を定めることなんてできません。
夢見れば夢見るほど、得るものがあるでしょう。

マイケル・フェルプス


 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 注意欠陥・多動性障害へにほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ


今日、夕方に息子とコンビニへ買い物に行くと、
3、4人のタイ人の子供たちが店内で追いかけっこをはじめた。
もちろん、息子もすぐに参戦。
これは、いつも見ている、日常の光景。
コンビニで子供が集まれば、いつも追いかけっこが始まる。
何が楽しいんだか、子供たちは狭い店内をグルグルと走りまわる。
店員も、親も、その他の客も、もちろん私も、大人たちは、ただ微笑んで見ているだけ。
これが、バンコクでの普通の光景。






彼ら、タイ人の子供たち、
たしかに、最低限の教育しか受けられないかもしれない。
服はヨレヨレ。
人並みの生活を送ることで、精一杯かもしれない。
でも、子供らしく、のびのびと育てられている。
障害のレッテルを貼られることは、一生ない。







私の息子は日本人。
タイ人は私たち日本人を裕福で、恵まれた人たちだと思っている。
でも、日本では、息子は多動児、発達障害のレッテルを頼んでもないのに貼られる。
私は、納得ができない。





ADHDってなんだっけ?









タイ人は、大人も子供も好き勝手で、いい加減。
ただ、自分の人生を楽しんで、生きている。
そんな彼らを見ていると、言いたくなる。







ADHDってなんだっけ?








人間は感情の動物。
ADHDの人間は感情のおもむくままに人生を生きている。
誰よりも人間らしく、人間として生きている。
それって、なにが問題なんだっけ?




 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 注意欠陥・多動性障害へにほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ



ADHDはサイコパスではありません!!

昨日、このブログの今月の検索ワード見ていたら音譜 左矢印検索ワードは気になりますあせる
1位は「ADHD有名人」 左矢印いつも、これ汗 また、そのうち書きますあせる

驚いたことに堂々の2位が「ADHD サイコパス」

私の経験と知識から言えるのは、ADHDの子供たち、それなりの教育とそれなりの愛情をそそいで育てれば、サイコパスには絶対になりません!!
サイコパスって、人それぞれいろんな定義があるとは思いますが、簡単に言えばシリアルキラーでしょあせる
彼らはホント、複雑で不幸な子供時代を送ってるから汗

こちらシリアルキラーに興味のあるひとは右矢印殺人博物館

ADHDと暴力について、心配しているADHD児の親が多いように感じます。
確かに、ADHDはケンカを売るのも、買うのも得意です。
私もどつきあいのケンカをしたことはありますよ。左矢印相手が先に手をだしてきたからね。
日本じゃなくて、ロンドン。 左矢印イギリス人はケンカ好きやからね 左矢印言い訳してるはてなマーク 左矢印でも、ホントDASH!

でも、私は家族に手をだしたこともなければ、息子を虐待したこともありません。 左矢印あたりまえやけどねあせる
息子の父親に手をだされたこともなければ、言葉の暴力(モラルハラスメント)を受けたこともありません。左矢印あたりまえやけどねあせる
息子はお友達を押したりして、先生に怒られて凹むこともありますが、まだ3歳ですから汗
ADHDはDV、ADHDはモラルハラスメント、ADHDは家庭内暴力、ADHDは衝動殺人でもするのかと勘違いしている人もいるかもしれませんが汗
ムカっとして、こぶしを握るまでがADHD、そのこぶしを振りかざすかどうかは家庭の教育次第ですDASH!
私がこれまで会ってきたADHDの人間は気弱で、臆病で、それでいて大胆。苦悩しながらも、こころが優しくて、あたたかくて、人生を楽しんでる愛すべきやつらばかりでした。

だから、はっきり言いたいひらめき電球
ADHDはサイコパスではありません!!

 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 注意欠陥・多動性障害へにほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ


ADHDとピーター R. ブレギン。

このブログで、以前に「ADHDとラッセル・バークレー」とゆう記事を書きました。
前回、「ADHDの薬物療法は効果がありません」とゆう記事を書きましたが、
ラッセル・バークレーは子供に対する、薬物療法をすすめ、肯定しています。効果ないのにねあせる
それに対抗しているのが、『精神医学の良心』と呼ばれる精神科医、ドクター・ピーター・ブレギン(Peter Breggin)
彼は、ADHDの覚醒剤(stimulant)などによる、薬物療法だけでなく、欝など、心のバランスを崩し、精神疾患と診断されたすべての人たちへの、薬物療法に反対しています。
私ももちろん、彼の意見に賛成です。

ピーター・ブレギンのニュース・レターがこちらにあったのでそのまま、転載させてもらいます。

ダウンその中からの抜粋
We human beings have always found life difficult. Indeed, we're born, we struggle, and we die. But how will we struggle? With passion, creativity, love, and principled living? Or confined within our diagnoses and our drug-impaired brains?

人生ってラクじゃない。しんどい。でも、みんな、生まれて、もがいて、死んでいく。
誰もが、もがいても、答えが見つからなくて、あがいても、光が見えないときがあるのよ。
ADHDならば、常に心のバランスを保って、精神を安定させるのは難しい。心がぐちゃぐちゃになってしまうときもあるでしょう。私だって、あった。
でも、そんなときに、精神科のドアを叩いて、診断名とクスリをもらって、現実逃避するか。
それとも、家族や友達、まわりに助けてもらって、そのあたたかさやまごころで、乗り切るか。
ADHDの人間は弱音を吐くのが好きではない、単にできないだけかもしれない。だから、どうしても、自分を追い詰めてしまうときがあるでしょう。
でも、あせらなくても、淡々と生きてれば、そこから抜けだす時が必ず来る。

ちょっと、長いのでADHDにはキツいかもしれませんが汗
おもしろいので、ぜひ読んでみてください。

"精神医療文明"という時代(Our Psychiatric Civilization)

先週はいつもの臨床診療と法医実務。医療ミス事件として評価したのは、10年前の診察を最後に、ホームドクターから電話一本でプロザックを処方され続けていたウェストコーストの女性のケース。突然感情的な障害が出た彼女は、医師に電話で相談をしたが、服用量の増加と新たな薬を追加される。診察はない。子供がおり、専門的な職業に就いていた近所でも評判だったこの女性、その後辿り着いた病院で薬の有害反応を精神疾患と誤診され、さらに複数の精神病薬の追加。その後間もなく背筋が凍る方法で自殺。

これも先週の日常業務でのこと。私の患者の一人が緊急で来院。以前個人的に危機的状況にあった時に処方されていた抗精神病薬カクテルの断薬相談を受けていた患者。最近トランキライザーを減薬したが、一晩中眠れないとのこと。不安感、恐怖感がある。「このまま気が狂ってしまうのでしょうか?それとも退薬の症状なのでしょうか?」薬の漸減スピードを緩めることで簡単に対処できる退薬症状であることが判明。非常に聡明で創造的な若者。彼は衝撃的な一連の出来事を経験している。彼に必要だったのはカウンセリングと励ましであって、精神科の診断や薬ではない。

一方、妻のジンジャーは、書籍やホームページ、メディアなどで私を知った人たちから来る山のようなメールの対応に追われている。こうしたメールや電話で問い合わせを頂く人たちは、自分が"双極性"だとか"臨床的に鬱病"だという用語を使う。また自分の子供の事を"ADHD"という用語を使って説明したりもする。問い合わせを頂いた時点で、すでに複雑かつ危険な状況になっている場合が多く、精神科薬で廃人になっている人もいる。そうした人たちはもともとの精神的な問題と薬の副作用症状が複雑に絡み合い、もはや区別がつかない状況になっている。下された診断名と薬に適応するのが精いっぱいで、自分の人生に目が向いていない。こうしたいつもながらの問い合わせの対応に追われる1週間が終わり、ジンジャーは私にこう言った-「今のこんな精神医療の文明について、本に書かなきゃね」と。

今の文明には、生物学的精神医学…つまり、現代精神医学なるもの…がすっかり染みついてしまい、テレビの1分コマーシャルなどの影響もあって、患者は自己定義による自己診断をしているのである。ホームドクターのもとを訪れる患者は、「私、不安症です」と自己診断し、それに合った薬をもらう。予約時間より少し早めに着いたり、医者の到着が遅れたりして待合室で待つ間、フラット画面のテレビに映し出される精神科の診断と適当な治療薬見て、患者は教育されているのだ。

不安と思いつめた表情で私をみつめ、「私は双極性障害でしょうか」と問う初診の患者を、私はこれまで何人見てきたことか。われわれはみな人間を生きることの難題を解く魔法のカギを探し求めている。人間として共生するもののなかに共有する場所が見つからないとき、私たちは共通する診断のなかにそれを求めようとするのだ。

この診断というレッテルを貼ることが、それ以上の人間的考察や配慮を途絶えさせる。このレッテル貼りは、ただ似非医学診断を下すのではなくその人間の烙印ともなるものだ。「私は双極性障害」なのであって、「私は元気旺盛」なのではないのだ。「私はこの驚くべき情熱をうまく扱えない」のでもなく、「私は創造的エネルギーのコントロール法を見つ出す必要がある」のでもなく、「私は現実社会の中で夢を実現するために勇気を出して努力する」のではない。そう、そんなことは考える必要もないのだ。「私は双極性障害です」なのだ。人生の大きな問題に立ち向かうのに、こうして下される診断が最終的な解決策なのだ。

"Age of Aquarius"が流行した時代には、「君の星座は?」が挨拶代わりだった。それが今の世俗的な似非科学の時代においては「君の診断名は?」が挨拶だ。"精神疾患の分類と診断の手引書"の厚みが増すたびに正常の定義がぎゅうぎゅう搾り取られ、もはやウッド・ストックの再来などないだろう。あの60年代の変人たちなら、精神薬をやりながら自分たちを境界性人格障害だと自己診断し、みんなブラついていただろうが。

誰かがLSD でパニックを起こしても、それは"バッド・トリップ"として知られていたもので、そういうときは友人が"ことばでなだめる"のが普通であった60年代。そういうちょっとした知恵が今の精神医療文明では失われてしまっている。すさまじい錯乱すら引き起こす副作用のある精神薬を処方しておきながら、今の医者にはそういう認識がほとんどないため、回復するまでそばにいてやろうとはまったくならないのだ。

現代がどれほど根深く精神医療文明になっているかを体験するには、牧師でも神父でもラビでもいい、とにかく何教でもよいから聖職者のところに行って、自分は鬱だと告白してみるとよい。精神的な苦悶や失望の淵にいる人間に生きる意味を与え、スピリチャルな癒しで回復に導くという自分たちの本来の重要な役割を捨て、牧師も神父もラビも、さっさと精神科の受診と薬を勧めるのが落ちだろう。信仰の指導者たるべきものが、迷える子羊たちを精神医療の祭壇に生贄としてささげてしまうその熱心さには、本当に愕然とさせられる。

ひとつの文化としての共通の価値観というのがあるが、これは何を意味するのだろうか。いよいよギスギスした個人主義者の社会になったということか。われわれの帰属するコミュニティーや伝統は、ユダヤ教とキリスト教が融合したものだったか。そんなことは誰も人前で口に出したりはしない。神に自己利益の追及や救いを求めているわけではないのであれば、いざと言う時に最初で最後の頼みの綱となるのは何か。答えは精神病薬だ。われわれが何にも増して求めるのは、苦しみからの解放と心の平静である。困難が存在する兆しがチラリとでも見えようものなら、われわれは少しでも感情に蓋をしようとする。われわれの社会はレベルが低下したのではなく感覚を麻痺させられているのだ。

精神科の診断は人間が共有する最低の基準を反映している。われわれは己の診断に自分を見失っている。精神病薬は精神を鈍麻させ、そうすることでわれわれの魂の起伏を削り取ってしまうのだ。

「双極性障害のサポートグループに参加するほうがいいでしょうか」と尋ねる患者がいる。患者に対してこんな態度で臨んだことはないが、もしふざけた返事をするなら、「自分は双極性障害で精神病薬を服用する必要があると自分が信じて、サポートが必要だと自分が思うならね」と答えるだろう。

われわれの連帯感とは何なのだろうか。宗教ではないし、外的事象による重大な脅迫を感じる場合を除いて、それは政治でもない。となると国家が精神疾患のひとつの巨大なサポートグループになりつつあるのではないか。

非人格化が標準になった。家族、友人、教師、牧師、医者、あるいはセラピスト… 誰かに自分をさらけ出してみよう。するとその誰かはあなたにこう勧める「支援を得なさい」と。もちろんあなたはその誰かに支援を求めて相談しているはずである。しかし、相手が言ってるのは「他で支援を得なさい」なのだ。誰に相談しても「クスリ提供者」へと回されることになる。心理士やソーシャルワーカー、その他のセラピストですら、標準よりも強い感情を持つ患者には、まず精神病薬剤でおとなしくさせてから対処すると教育されている。それが治療を円滑にすると教えられている。しかし感情に正面から向き合うことを恐れ、薬剤で霧のかかった頭のボーッとした状態の人間に、効果のある治療などありようはずもない。

われわれが本当の自分の感情に近づけないのは、自分は異常であり診断や治療の必要性があると思うことに恐れを抱くからである。現代の" 精神医療文明"が、われわれが自己と向き合うことから逃避させ、互いの交わりの中に安らぎを求めるのではなく、自己診断で苦しみを和らげ、処方薬であろうが何であろうが、薬物に一時の癒しを求める傾向を助長しているのだ。

人生には常に厄介な問題が付きまとう。この世に生を受け、悪戦苦闘し、そして死んでいくものなのだ。問題はどのように悪戦苦闘するかである。情熱、創造力、愛、そして高潔な生活の中で苦闘するのか、それとも診断名や薬剤で正常な機能が損なわれた脳にわが身を閉じ込めてしまうのか。

"精神医療文明"の最悪の犠牲者はわれわれの子供たちである。家族や学校の崩壊、あるいは社会崩壊の問題ではなく、きみたちの脳が崩壊していると教えられているのだ。親として、また教師として無力化されてしまったわれわれは、こうして子供たちに間違った場所で愛を求めさせ、それで子供がもがき苦しみ出すと"薬剤治療"へと追い払っている。

精神医学やメンタルヘルスケアの支配者集団に自己変革能力はない。その権力、身分、収入を"精神医療文明"から切り取ることはできない。それをチェンジできるのは、診断や薬剤よりも高い価値観を持ったひとたちの外部からの力、つまりあなたや私が強く迫る必要がある。

医学博士:ピーター R. ブレギン (『精神医学の良心』と呼ばれる精神科医)

代表著作
Medication Madness: The Role of Psychiatry Drugs in Violence, Suicide and Crime (2008)
"狂気の薬物療法: 暴力、自殺、犯罪における精神科薬物の作用"

原文ソース:http://www.huffingtonpost.com/dr- peter-breggin/our-psychiatric-civilizat_b_586498.html

‐‐‐‐‐

Share Comments It has been a routine week in my clinical and forensic practice. I evaluated a malpractice case involving a woman on the West Coast whose family doctor from a decade earlier kept prescribing Prozac to her for ten years without ever seeing her again. When she ran into emotional difficulty, she called this doctor who simply raised the dose and added a new drug, still without seeing her for a decade. This woman, a respected professional and parent in her community, then landed in a hospital where her adverse drug reaction was mistaken for a mental illness, more psychiatric drugs were added, and she soon killed herself in a most horrendous fashion.

In this same past week of routine events, one of my own patients came to the office for an emergency session. He had sought my help to come off a cocktail of psychiatric drugs that had been prescribed for him during a personal crisis. We had recently cut back on his tranquilizers and he had become unable to sleep all night. He was feeling anxious and scared. "Am I going crazy, or is it drug withdrawal?" It turned out to be a withdrawal reaction that was easily handled by a slower taper of his medication. A very bright, creative young man, he had a series of traumatic events in his background. He needed counseling and encouragement, not a psychiatric diagnosis and drugs.

Meanwhile, my wife Ginger has been handling the flood of mail we get from our books, websites, and public appearances. People email and call the office identifying themselves as "bipolar" or "clinically depressed." Or they describe their children in the same terms, as well as "ADHD." By the time they contact our office, their lives or those of their children have been deeply complicated, compromised and sometimes ruined by psychiatric drugs. They can no longer separate their original emotional problems from their complex array of drug side effects. They devote themselves to adjusting their diagnoses and their drugs instead of addressing their lives. After yet another week like this, Ginger tells me, "You've got to write about our Psychiatric Civilization."

The culture is so imbued with biological psychiatry -- which is to say, modern psychiatry -- that self-defined patients diagnose themselves, sometimes with the help of a one-minute TV ad. They visit their family doc, give him the diagnosis, "I think I have an anxiety disorder," and get the appropriate drug. If they arrive a few minutes early, or the doctor is a few minutes late, they'll get a chance to get educated by a flat screen TV in the waiting room which instructs them about the symptoms of the psychiatric diagnosis de jour as well as its treatment with a propriety drug.

I can't tell you how many times a new patient has looked at me with a mixture of apprehension and eagerness, and asked, "Do you think I have bipolar disorder?" We all hope to find a magic key to this hard business of being human. And if we cannot find community through our shared humanity, we will find it through our shared diagnoses.

This rampant diagnostic labeling puts an end to all other human considerations and concerns. This labeling does far more than imposing a pseudo-medical diagnosis on you, it defines you as a person. "I'm bipolar." Not "I'm full of life" or "I have trouble managing all these marvelous passions" or "I need to find a way to direct my creative energies" or "I'll have to find the courage and make the effort to make my dreams come true in the real world." No, never mind about all of that, "I'm bipolar." Your diagnosis becomes your personal final solution to your most vital challenges in life.

In the Age of Aquarius, we greeted each other with "What's your sign?" In our more mundane and pseudo-scientific times, it's "What's your diagnosis?" As our definitions of normal get squeezed tighter and tighter by the increasing breadth of the official Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Woodstock could never reoccur. All those 60s weirdos would be sitting around taking psychiatric drugs and diagnosing themselves with borderline personality disorder.

In the sixties, if you panicked on LSD, your friends knew it was a "bad trip" and they "talked you down" from it. That bit of wisdom is lost in our Psychiatric Civilization. Doctors rarely acknowledge it when they cause a horrendously disturbing reaction with one of their psychiatric drugs and it won't occur to anyone to keep you company while you recover.

Want to experience how deeply psychiatric our civilization has become? Go to any minister, priest or rabbi -- even your most conventional Catholic priest or Orthodox rabbi -- and explain that you're feeling "depressed." Forsaking the most important role of any spiritual consoler, to help those in emotional anguish and despair repair their lives with meaning, even your most orthodox minister, priest or rabbi is likely to send you off to a psychiatrist for a diagnosis and a drug. It is dismaying to see how the leaders of our religious faiths so eagerly sacrifice their flock before the altar of psychiatry.

What does this say about our shared values as a culture? Are we ultimately a society of rugged individualists? No more. Are we members of a Judeo-Christian community and tradition? No one dares to say that in public. So if we are not seeking to promote our own self-interest nor seeking salvation through God, what is our first and last resort in time of need? Psychiatric drugs. We want, above all else, to be pain free and emotionally undisturbed. At the first inkling of an existential crisis, we seek to be ... less full of feeling. We're not the dumbed-down society, we're the numbed down society.

Psychiatric diagnoses reflect the lowest common denominator of humanity. We lose ourselves in our diagnoses. Psychiatric drugs, by blunting our spirit, level our experience of our souls.

Patients ask me, "Should I join a bipolar support group?" If I were flippant, which I never am with patients, I could respond, "Only if you want support in believing you're bipolar and need to take psychiatric drugs."

So what is our sense of community? It's not religion and, except for occasional moments when we feel gravely threatened by outside events, it's not politics. Is the nation becoming one gigantic psychiatric support group?

Depersonalization has become the norm. Bare yourself to others -- your family, friend, your teacher, your minister, your doctor or your therapist -- and they will urge you to "get help." Of course, you were trying to get help from them when you shared your feelings; but they mean, "Get help elsewhere." Everyone will shunt you off to a pill provider. Even psychologists, social workers and other therapists are taught that they cannot handle a patient's more powerful emotions without first dampening them down with psychiatric drugs. It is said that this facilitates therapy; but there can be no effective therapy when people are afraid of their emotions or have lost them in a drug-induced fog.

We can't get close to our own emotions for fear of thinking we're abnormal and in need of diagnosis and treatment. The Psychiatric Civilization reinforces our worst tendencies to be out of touch with our selves, to be burdened down by self-diagnosis, and to seek false solace in drugs, prescribed or otherwise, rather than in the comfort of each other's company.

We human beings have always found life difficult. Indeed, we're born, we struggle, and we die. But how will we struggle? With passion, creativity, love, and principled living? Or confined within our diagnoses and our drug-impaired brains?

Our children are the worst victims of our Psychiatric Civilization. They are being taught they have broken brains instead of broken families, broken schools, and broken communities. Feeling disempowered as parents and teachers, we leave our children looking for love in all the wrong places, and when they flounder, we send them off for "medication."

Psychiatry and the mental health care establishment won't reform itself. Its power, identity and income are inextricable from our Psychiatric Civilization. Any change must be imposed from the outside by people like you and me who hold to higher values than our diagnoses and our drugs.


 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 注意欠陥・多動性障害へにほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ
最近は、精神科医は戸惑いもなく安易にADHDと診断された子供に対して、覚醒剤を処方するようですむかっ
医師ならば覚醒剤が副作用のキツイ、子供が使用するにはあまりにも危険な薬物だとゆうことは知っているはずです。
あれがダメならば、こっちのクスリ、これがダメならばあっちのクスリDASH!
こんだけで、効かないならばもっと処方しましょう。
精神科医はバカの一つ覚えみたいに、クスリクスリ、クスリをすすめているようです。

この10年で、アメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリス、ドイツ、日本など先進国でのADHDの治療として使われている、薬物の処方量は爆発的に増えています。
この10年、ADHDの子供たちは医者の好きなようにモルモットにされてきました。

アメリカやイギリスなどでは、病院でADHDの子供たち、またはADHDを偽った子供たちが簡単にリタリン・コンサータなどを処方してもらい、学校や近所で”KiddyCocaine”として、売りさばいて、大きな社会問題にもなっています。イギリスではタダで処方してくれますからね。価格もコカイン10分の1ぐらいで取引されているのでしょう。子供たちにも簡単に手が出せてしまうわけです。このリタリン・コンサータなどと呼ばれている覚醒剤は、もちろん「健常者」と言われている子供たちが摂取しても、ADHDの子供たちと同じようにハイになれます。覚醒剤はADHDの治療薬ではないですから。誰でもハイになれます。ADHDの治療薬として、処方されている覚醒剤に汚染されているのはADHDの子供だけではなく、世界中でたくさんの子供たちが医師の処方による薬物に手を染めています。
子供たちがおろかに覚醒剤にはまるのを見て、製薬会社は笑わずにはいられないでしょう。それを考えるとホント、ハラが立つむかっ


どうして、こんなことになったんだろうはてなマーク

The Multimodal Treatment of Attention Deficit Hyperactivity Disorder Study (MTA)


MTAとは何かはてなマーク

7-9歳の、579人のADHDと診断された児童を対象に
・薬物療法グループ(intensive medication management alone)
・行動療法グループ(intensive behavioral treatment alone)
・薬物・行動療法グループ(a combination of both)
・通常の治療グループ(routine community care (the control group))

この4つの治療グループに分けて14ヶ月間、研究したものです。
薬物療法とは与えられるかぎり、あらゆるクスリを処方して問題行動をできるかぎり薬で制御するとゆうことだと思います。
行動療法とはソーシャルスキルトレーニングのことだと思います。

1999年12月、MTAの初期の研究結果が発表されました。

その初期研究結果の内容は、薬物投与は劇的にADHDの症状を改善させるとゆうものでした。
この発表により、製薬会社はリタリン・コンサータなどのクスリがまるでADHDの治療のための魔法のクスリかのように大々的に宣伝し、世界中で爆発的に処方され、子供たちの薬物汚染が拡がったようです。

ダウンそしてこちらが、2009年3月に発表された、MTAの最新報告の内容

Short-term Intensive Treatment Not Likely to Improve Long-term Outcomes for Children with ADHD


この研究に参加した、子供たちの8年後の最新の報告です。
驚くべきは、薬物療法はADHDには効果がなかったとゆうことです。
簡単に言えば、クスリを摂取しまくった人も、摂取しなかった人もいまだにADHDに悩まされているとゆうことです。
何がクスリを飲んだ子供と、飲まなかった子供で違うのかはてなマーク右矢印何もないあせる
あえて言えば、クスリの副作用により、2-3センチ身長が伸びず、3キロ体重が軽かっただけ。アホらしむかっ
ADHDの薬物療法は効果がありません!!

これまで、すでにたくさんのADHDの子供たちがモルモットにされて薬物療法について研究がされてきています。そして、その子供たちが、クスリはADHDには効果がありませんって証明してくれてるわけです。そろそろ私たち大人は子供に対する、薬物虐待にNo!!を言うべきではないでしょうか。

今度、精神科医にクスリをすすめられたならば、
一度、聞いてみてはどうでしょう。

「MTAの最新報告についてどうお考えですか?」
MTAの最新報告の内容を知らなければ、すぐにそんな精神科医は変えることです。ADHDについて知らない。知っているならば、その意見をしっかり聞いて、それでもクスリを処方してもらうべきなのか判断してみてはどうでしょう。

ADHDの有名人、パリス・ヒルトン
彼女は小さい頃から、ADHDの薬物療法を続けています。
いまは、アデラールを処方されていると思います。
彼女のまなざしは、いつも遠くを見てるようで、心ここにあらずって感じではないですかはてなマーク
彼女の言動を見ていて、ADHDの症状がクスリによって解消されていると思いますかはてなマーク
この前も、どっかで逮捕されてたよね。そろそろ、クスリを絶ちなさいと誰か教えてやればいいのに。

覚醒剤でハイなってるうちに、ADHDが消えてなくなっていれば、苦労しない。
でも、現実はそんなことは起こらない。
目を背けないで、どうすればADHDとうまく付き合って、楽しく生きていけるかを考えたほうがいいんじゃないかな。


このMTAの研究はなかなかおもしろいので、興味のある方はじっくり読んでみてください。

ダウンこちらも参考にさせてもらいました。
ADHDの薬物療法は効果なし
ADHD注意欠陥多動障害の長期薬物療法の有効性に議論/米国医療事情


 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 注意欠陥・多動性障害へにほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害へ