こんにちはー。
復活宣言してからも更新がまばらすぎってか
やる気が感じられない雄大君です。
いやー、なんつーかさ、俺、
ブログとかあんまり好きじゃないんだよね。
ブログが嫌いとかじゃなくて、
興味のあること以外は基本的にout of 眼中なんですよwww
ま、このブログはたらたら続けますよー!
今日のテーマはガッツリ哲学っぽいね。
けどね、心理学っぽい視点からいきたいと思ってみたりwww
お題提供はふぇありーさんです!!
ありがとーございますwww
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またまた忘れかけそうな時に、コメントありがとう(-^□^-)
早速、雄大君に語って欲しいテーマがあります。
それは、「何故、人間は欲求を持つのか?」。
今回は、ちょっと難しいかな(・ω・)/
宜しくお願いします。
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だそうですwww
さすがにもう忘れられた気がするwww
では、「何故、人間は欲求をもつのか」行ってみましょうwww
欲求の意味について説明するときには、生理学的にだったり、社会学的にだったり、
心理学的にだったり、アポローチの仕方はたくさんあると思うんですよ。
でも、難しい話はよくわからないんで、とりあえず鈴木流でいきますねwww
結論からいくと、欲求がないと人間は人間じゃなくなるし、
生きてて楽しくないはずなんです。
まず、欲求がなくなるとどうなるのか考えてみましょう。
答え、感情の大部分がなくなります。
あ、この答えは『俺』の答えですよ?www
で、どうゆうことかというと、
欲求を箱のように考えるんです。
『欲求』という箱に外部からの刺激が入ると、
それが『感情』になって外に出てくると。
人間って、なにかしらの欲求『~がしたい』を満たすと
満足感や達成感を得られるわけじゃないですか。
ときには叶わなくて悔しがることも、
ときには感動して涙することも、
ときには努力の末に描いた未来をつかむ喜びも。
これって、全部出発点は欲求なんですよね。
だから、欲求がなくなると、悲しくもない。嬉しくもない。
山頂から見る景色にも感動もしない。
そして、感情のない人型を僕らは『人形』と呼ぶんですよね。
変な話ですが、
人から生まれた感情のない『人間』と、
人に作られた感情をもった『人形』がいたら、
あなたはどちらを仲間だと思いますか?
僕らは、人間であるために欲求をもっているんだと思います。
そして、人生を意味あるものにするために。
以上、僕らが欲求を持っている意味でした!
鈴木雄大
