寄り道脇道回り道

寄り道脇道回り道

昭和の時代を駆け抜けた物が好きです。
昭和44年製造のヴィンテージキャンピングカーや鉄のスクーター時には自転車で保護犬"カン"と色んな所へ出掛けるブログです。

鉛色の空が好きです。遠くで雷雲が時折光、雨の匂いを感じながらその時が来るのを待っています。



 2026年のゴールデンウィークの初日
鉛色の空の下の
空冷散歩は大和川と石川の合流地点の河川敷。

  西岸の藤井寺市道明寺から
"玉手橋"
を望みます。


近鉄南大阪線の道明寺駅を降りて直ぐの地点。


石川の様な規模の川に架かる橋は、公共工事として都道府県や国が建設しますね。
 ですが"玉手橋"はいち鉄道会社によって建設された橋で、昭和4年(1929)当時の大阪鉄道(現近鉄)によって、従来の木橋に代わる恒久橋として建設されました。
 玉手橋は一般道路としてではなく、大阪鉄道が自社の事業経営の為に架橋したものです。
 当時石川の東方に有った
「玉手山遊園地」の利用者の為に架けられました。
 


玉手橋のデザインは、遊園地の入口を意識した中世ヨーロッパの城を思わせる4組の白い塔に赤い欄干が美しく映えています。





塔の上下の水平材に円弧アーチを配するなど、
昭和初期の橋としては景観に配慮されたものだそうです。
 建造当時の昭和初期の形態をほぼ残してはいるものの、部分的には破損も見られ、必要に、応じて補修されてきました。






現代では昭和59年(1984)にケーブルの補強工事が行われ、平成10年(1998)には大規模な塗装補修が行われました。



主ケーブル(建設当時の物)には細い2本の細いケーブルが上部に、固定されています。


藤井寺側は名前をひらがなで彫った石がはめ込まれていますが、







柏原市側の入口は漢字で彫られています。


径間ごとに吊り構造となっている特殊な吊り橋で、両岸と4組の塔で支える5径間の吊り橋は、日本では最多径間の吊り橋です。



長き151m
幅3.3m
橋脚4基
径間5

以前と映画"国宝"のロケ地のレストランに訪問しましたが、こちらの玉手橋も"国宝"のロケ地です。

戦後の昭和28年(1953)に近鉄より自治体に移管され
所有管理は柏原市。

河川敷の無料駐車場に停めて見学できますよ。


そして、見学後は石川堤防上の狭い府道802号線を
国道166号線合流点で石川を渡ります……
 "竹之内街道"です。
そして直ぐの所に今回のダイナー



アメリカんキャンピングカー





内装はアメリカです。





テラス席はペット同伴OKです。


店内も素敵な装飾とインテリア。



手作り本格的なハンバーガーを頂きます。



バンスの風合いと表面を良く焼かれたパテの組み合わせは言う事有りませんね。


家内は、今回
沖縄を味わいました。



カリッと揚がったもずく天ぷら。


ご馳走様でした🙏



ステッカーも頂きました。


 明治41年(1908)8月、道明寺村から石川を越えた東側、南河内群玉手村(現柏原市)の玉手山丘陵の一角に、河南鉄道が
「玉手山遊園地」を開業しました。
河南鉄道時代に造られた唯一の呼び物と言える施設です。
 当時の河南鉄道の路線は柏原〜河内長野間を結ぶ1本の路線で、大阪市内な奈良県内に延伸していくのはもっと後の事です。
 鉄道利用者の増加を目指して取り組んだのが、沿線における行楽施設の開業でした。
「遊園地」の開設としては西日本最古とされています。

その後、大阪鉄道、近鉄へと営業が継続されましたが。1998年に閉園されるまで、西日本最古の遊園地として頑張り続け、地域の多くの子供達に思い出をつくってきました。
 閉園後、遊園地としての形態を柏原市が引き継いで運営する事となり、閉園翌年の平成11年(1999)
3月 「柏原市立玉手山公園•ふれあいパーク」
としてオープンし、無料開放されています。

そのふれあいパークの無料駐車場です↓

残念ながらペット同伴は出来ない…。

※涼しいので車内で待機してもらいます。

起伏に富んだ地形を活かし遊具が配置されていました。

小さなお子様連れの家族で賑わっていましたよ。

遊具場を離れ、遊園地の残存遺構を探しに
進みますね。

当時の鉄製の手摺だと思われる遣れ具合。

九折の進入路。

右手の手摺と左の斜面には手摺が無い昭和の施設。

野外劇場は遊園地時代、仮面ライダーやゴレンジャーなどのヒーローショーで賑わっただろうと想像が出来ます。
緑のベンチは藤井寺球場からの移設と聞きました。

野外劇場の隣りには玩具歴史館


相当なコレクションですよ!

郷土玩具

そして
玉手山遊園地の資料館


料金の設定は高め。





当時、野外劇場の後ろに存在した
観覧車の扉も展示されています。



残存遺構の
「アンティークな音楽堂」






屋根の上の方位指示器には玉手山遊園地を建設した「河南鉄道株式会社」の社紋がデザインされていますよ。

ミニSLの古くなった線路の再利用でしょうか?


残存遺構