4 0年程以前に、この寺に移ったころ、ここには十六善神の図がなかったので、隣寺からお借りして複製しました。以後その掛け軸を大般若会の本尊としてお祀りしてきましたが、最近になって、別な寺院さんから、私にその図を描くようにと依頼がありました。もう年だし、あまり気力もなかったのですが、是非にということで描き続け、一か月ほどで完成しました。まだ表具をしていませんが、連休明けに表具屋さんが取りに来てくれるそうです。現在本堂の壁に掛けてあります。正面に釈尊、その下に文殊普賢の両菩薩が控え、さらにその下に玄奘三蔵、深沙大将と曇無竭菩薩(法上菩薩)、薩陀波崙菩薩(常啼菩薩)。四天王、十二神将、善哉童子などが入っています。古い文献では、阿難尊者や観音菩薩との表記もありますが。今回は一応このようなメンバーとしておきます。丈は125cm、幅は55cmの絵絹に書きました。
大般若会の疏に「薩陀波崙の極信心を覚し、広大般若の功徳力を仰ぐ」とありますが、私は若いころ、この薩陀波崙の意味が分からなかったのですが、これは鳩摩羅什譯の『小品般若波羅蜜經』卷第十に出てくる菩薩の名前です。般若の智慧を求めて東方世界の法上菩薩に法を問うために苦難を重ねた物語があります。この菩薩は、悪世にあって衆生の苦しむ姿を見て、常に泣いているといわれるとされます。梵文で書かれた『八千頌般若經』にはSadqprarudita(薩陀波崙=常啼菩薩)と dharmodgata(法上菩薩)の物語として出ている。『八千頌般若經』と『小品般若波羅蜜經』とでは、登場人物が少し異なりますが、常啼菩薩が、智慧の完成を求めて森の中で修行していた時、「東に行き智慧の完成を得なさい」という空中の声を聞き、更に智慧の完成を求める心構えを聞き、如来から常啼菩薩の到達す東の国の様子、教えを説く法上菩薩について教えられ、東へ向ったものの、法上菩薩に敬意を表すための供物がないことに気づき、自分の身体を売った代金で法上菩薩に敬意を表そうと考える。ところが悪魔の妨害により買い手が見つからない。次に帝釈天が常啼菩薩を試す。バラモンの若者の姿で現れ、常啼菩薩の心臓、血液、骨、髄を求め、常啼菩薩は刃物を身体に突き刺し、これらを与えようとする。そこへ長者の娘が現れ、 常啼菩薩のなしている責苦は不必要だと気が付かせる。常啼菩薩は法上菩薩のいる東の国に到着する。そこで常啼菩薩は無上の法悦と大きな智慧を獲得したという物語です。一般的には、玄奘三蔵と深沙大将の説話が有名ですが、むしろ『小品般若波羅蜜經』に出ている薩陀波崙菩薩の求道の姿が強調されるべきかと考えられます。(惠林寺隠居関口道潤敬写)
