二十四年前に遷化した私の師父内山興正老師の奥様である内山桂子さんが、一昨年の四月に逝去しました。このため師匠の荷物が保管されていた宇治市の能化院から、私は師匠の遺品の大部分を引き取りました。その中に法祖父澤木興道老師が書いた書が表装されており、その箱書きによると「昭和辛丑(三十六年)之初冬 沙門興道識」とあり、函表には「野生司香雪先生筆之虎」とありました。『野生司香雪ーその生涯とインドの仏伝壁画』の105ページに「昭和二十七(一九五二)年四月、・・・・香雪は長野市の北、山ノ内町の渋温泉に、個人の別荘、不動山荘を借りて妻と共に移り住んだ・・・・親譲りの酒好き、晩酌は欠かさず、また澤木興道師も時折やってきて酌み交わした。酔うと請われるままに描き、気前よく与える。」とありますが、そんな中の晩年に描いたのがこの「虎」の絵であり、また澤木老師の賛であったようです。その賛には八十二翁沙門興道」とあります。「今年は寅年です。その一年前にこの賛画が出てきたことは幸運なことです。「猛虎一拂衆邪」は虎が一声出せば、手向かおうとするものは皆逃げてしまうという意味ですが、その原典は不明です。北宋の詩人俞紫芝に「蒋山の栖霞寺に宿りて」があり、それは
宿蒋山の栖霞寺 蒋山の栖霞寺に宿りて
独坐清談久亦労 独り坐し清談久しく亦た労す
碧松燃火暖衾袍 碧松火と燃え衾袍を暖むる
夜深童子唤不起 夜深く童子唤いて起きず
猛虎一聲山月高 猛虎一聲し山月高し
です。この中の「猛虎一声山月高」の句は古来、有名です。あるいは、この語を利用して別な語を創作したのかもしれません。永嘉大師の『證道歌』に
「獅子吼無畏の説、百獣之を聞て皆脳裂す。香象奔波するも威を失却す。」は意味内容としては、「猛虎一聲拂衆邪」と似通っていますが、ライオンとトラの違いがあります。ただ佛陀世尊の説法を「獅子吼」といってライオンの鳴き声に例えますので、ここでは「あらゆる説話も坐禅の前には力を失うことを示しているはずです。令和四年二月三十日
